クローゼットから覗く、是枝監督の観察記録 【前編】『万引き家族』が生まれた無秩序な部屋

2020.1.22


2017年12月某日

監督が新しい映画の脚本に取りかかっている。万引きで生計を立てる、擬似家族の話だという。12月下旬に撮影開始だが、微調整という範囲をはるかに超えた範囲で脚本を直し続けている事実を前にして、もはや突っ込む人間は誰もいない。是枝監督は、たとえ紙と鉛筆を隠しても、床に落ちている鋭利な何かを使って壁に刻むぐらいのことはする人だ。

監督が何稿かを書き進めたところで、感想を聞かせて欲しいと言われた。さっそく個室の中で一気に読んで、「読みましたよ」と伝えると、是枝監督は私のウォークインクローゼットの中に自分の椅子を持ってきてちょこんと腰掛けると、膝の上にモレスキンの黒いノートを広げ「お願いしまぁす」と小学生みたいな顔をこちらに向けた。

私はできるだけ具体的に、10個に1個は褒めながら(大抵決まって初めに「ちょっとは褒めてね」と言われるので)、けれど容赦なく感想を言う。すると監督は、「なるほどね」とか「そこは難しいなー」とか言いながら、それらをノートに書き留めていく。

取捨選択に対する揺るぎない自信

話の途中、とあるシーンについての問題点を指摘する渦中で、私は映画『リトル・ミス・サンシャイン』におけるワンシーンを成功例に挙げながら話をした。監督はウンウンと頷きながら、また何やらペンを走らせていた。

翌日、いつものようにウォークインクローゼットの中で仕事をしていると、扉の向こうからどこかで確かに耳にした音楽が聞こえてくる。小さく扉を開けて部屋の中を覗くと、監督が背中を丸めて『リトル・ミス・サンシャイン』のブルーレイを見ているではないか。きっと、昨日あれからすぐにamazon で注文したのだろう。私は何か見てはいけない実直さに直面したような気がして、そっと扉を閉めた。

こんな風に、あらゆるスタッフに意見を求めてはそれを一つひとつ検証するような作業を、監督は何年も続けている。「お前に言われたくないんだよ」とか、「俺はカンヌだぞ」などと言いたい時もあるだろうが、少なくともそういう雰囲気は微塵も出さない。それは、常に自分という人間の能力に対して疑いの目を抱き続けてると同時に、映画監督にとって最も大切な仕事のひとつである取捨選択という行為に対し、揺るぎない自信があるからだろう。


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Written by

砂田麻美

(すなだ・まみ)1978年東京都生まれ。映画監督。ガン宣告を受けた自身の父親の最期に迫ったドキュメンタリー映画『エンディングノート』(2011年)で初監督。監督業と並行して執筆活動もおこない、著作に小説『一瞬の雲の切れ間に』(ポプラ社)など。

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