クローゼットから覗く、是枝監督の観察記録 【前編】『万引き家族』が生まれた無秩序な部屋

2020.1.22


2018年2月某日  

是枝監督の最新作『万引き家族』の撮影と編集も山場を越え無事一息と思いきや、相変わらず監督のワーカホリックぶりは加速の一途を辿っている。24時間のほとんどを仕事に費やす生活に、監督自身もどこか気まずい節があるのだろうか。ここ数年、監督の映画の登場人物が盛んに「お父さんが悪かった」と反省の弁を述べる台詞が多いのでその点を指摘したら、「そんなことない!」と怒られた。図星だったのだろう。

それにしても、ウォークインクローゼットのドアを一枚隔てた書斎の乱雑さには、見慣れたとはいえ毎度度肝を抜かれる。大量の本と資料とDVDが机や椅子の上にうず高く積まれ、飴色の北欧家具が今にも「こんなもののために生まれてきたんじゃない」と叫びだしそうな状況だ。部屋の片隅に飲料水が入っていたらしいダンボールが置かれていて、そこに黒いマジックで「だいじなもの」と書かれているのもまた、どうにも私を不安にさせる。

部屋が汚くないと落ち着かない

しかし、監督が部屋を整理整頓できないのは、今に始まったことではない。それは私が監督のアシスタントを始めて間もないその昔、まだ事務所が今よりずっと小さなマンションの一室だった頃のこと。監督がカンヌ映画祭に旅立って数日後、所用で事務所を訪れた私は、ドアを開けた途端間違いなく泥棒が入ったのだと確信し、すぐさま警察を呼ぼうとした。南北に抜ける窓は全開、おびただしい数の紙が床一面を覆い、引き出しは乱暴に飛び出していて、窃盗犯の侵入直後の絵面としてはわかりやすすぎる光景が広がっていたからである。

けれども生まれて初めての110番に一瞬の戸惑いを覚えた私は、一応念のために監督のご自宅に電話をして、ことの経緯を伝えようと思い直した。すると電話に出た監督の奥様が、私の話を聞いて一言。「それ、たぶん、主人だと思います」。

その日以来、是枝監督の仕事と部屋の乱雑ぶりは切っても切り離せないものなのだと理解するようになった。新進気鋭のデザイナーが「常に視界をクリアにしておかないと、新たなアイディアなど浮かびません」と豪語するように、監督曰く「部屋が汚くないとぜんぜん落ち着かない」。即ち、映画も生まれない。

【後編】なぜ人の心を繊細に描けるのか(1月23日公開予定)につづく


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砂田麻美

(すなだ・まみ)1978年東京都生まれ。映画監督。ガン宣告を受けた自身の父親の最期に迫ったドキュメンタリー映画『エンディングノート』(2011年)で初監督。監督業と並行して執筆活動もおこない、著作に小説『一瞬の雲の切れ間に』(ポプラ社)など。

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