でんぱ組.incは「アイドルには何ができるのか」という問いに貴重で重要な答えを出そうとしている(佐々木敦)

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文=佐々木 敦 編集=谷地森 創


30年近くの批評歴を持ち、ゴダール、音響派、現代演劇、小説などさまざまな分野を横断しながら多くの批評を書いてきた文筆家の佐々木敦が、 ある日こんなツイートをしていた。

「6万3000再生のうち100回くらいは俺が観た。でももっと観たいのでブルーレイ買いました。」(@sasakiatsushi) 

そのツイートに添付されたリンクこそが、「でんぱ組.inc with 諭吉佳作/men」による「形而上学的、魔法」のライブ映像だった。 古今東西のあらゆる音楽を批評し、自身でも音楽レーベルを主宰する彼が、なぜ、今、でんぱ組.incの音楽に心震わされるのか。

でんぱ組.incとの出会いとその衝撃、「彼女たちを好きにならざるを得なかった」と絶賛するコロナ禍で生まれたある楽曲について、これからのでんぱ組.incへ期待することなど、率直な思いを綴った。

でんぱ組.incと佐々木敦、いくつもあった過去の接点

何を隠そう、でんぱ組.incと私には、過去にいくつかの接点があった。

一部ではすでに知られている話だが、でんぱ組.incのプロデューサーであるところの、もふくちゃんこと福嶋麻衣子さんを、私は教師/講師として教えたことがある。彼女が卒業した東京芸術大学音楽学部音楽環境創造科で私がかつて担当していた「音響表現論」なる講義、それから私が個人的に行っていたマイナー音楽に関する連続レクチャーを、もふくちゃん、いや当時は福嶋さんは受講してくれていたのだった。ふたつは時期的にかなり近接していたと思うが、昔のことでよく覚えていない。

覚えているのは、そのどっちだったかは忘れたが、福嶋さんと帰りの電車で一緒になり、彼女が自分はノイズミュージックとアイドルが好き、と言っていたことである。そのころ、福嶋さんがすでにもふくちゃんでもあったのか、のちにつながるさまざまなプロジェクトを始めていたのかどうかを私は知らなかった(し今も知らない)が、ノイズとアイドルとはいかにも新世代だなあ!と内心感じ入ったものである。

だが、それ以後、福嶋さんと再会することはなく、何年もが過ぎた。ご存知のように、その間に彼女はもふくちゃんを名乗って、秋葉原にディアステージをオープン、でんぱ組.incのプロデュースほかで世に知られるようになり、私が今でもよくは知らないあれこれの経歴を経て、現在に至る。

もふくちゃん

2012年4月26日、私はサウンド&レコーディング・マガジン編集長(当時)の國崎晋氏、もふくちゃん、当時はでんぱ組.incのメンバーだった夢眠ねむさんと共に、サンレコが企画したでんぱ組.incのリミックスプロジェクト「でんぱ組.inc リコンストラクチャーズ」のトークイベントに出演した。もふくちゃんとは「久しぶりだね」などと軽く話したと思う。夢眠ねむさんは大変感じのよい方だった。でんぱ組.incについて、それどころか私はその時分、アイドル全般について、まったく興味がなく、発言も執筆もしていなかったので、なぜ自分がそのイベントに呼ばれたのかわからなかったし、実は今でもわからない。だがまあ、おもしろい経験ではあった。

『Sound & Recording Magazine』 2020年 8月号

とはいえ、だからといって、それをきっかけにでんぱ組.incとの関わりが生じたわけではなかった。でんぱといえばアキバであるが、そもそも私は、東京に住んで30年、秋葉原に数回しか行ったことがない。いやそれはいくらなんでも大袈裟だが、しかしパソコン等を買うのはもっぱら新宿だし、アニメにもゲームにも全然興味がなく、いわゆる萌え文化には一切惹かれたことのなかった私に、家からも仕事場からも近いわけではないアキバにわざわざ行く用事は特になかったのである。

私は一応音楽関係の仕事を長くしてきたので、でんぱ組.incの所属レコード会社のトイズファクトリーとも満更縁がないわけではなかったが、その後サンプル盤が送られてきたりライブに招待されたりすることもなく、たまに偶然ネットで動向を知ることはあったが、でんぱ組.incとは基本ほぼ無縁のままで、また数年が過ぎ去っていったのである。

最上もが脱退、夢眠ねむ卒業以降のでんぱ組.incに起きた変化


『アルバムって覚えてる?』プリンスの言葉がずっと頭の中に渦巻いていた――西寺郷太インタビュー(PR)

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