でんぱ組.incは「アイドルには何ができるのか」という問いに貴重で重要な答えを出そうとしている(佐々木敦)

2020.7.7


最上もが脱退、夢眠ねむ卒業以降のでんぱ組.incに起きた変化

さて、2019年の6月、私はまったくの偶然に、でんぱ組.incの「形而上学的、魔法」のミュージックビデオをYouTubeで観た。観て、見て、聴いて、驚愕した。それはあまりにも私の抱いていたでんぱ組.incのイメージと違っていたので、いつの間にこんなことになってたんだ?!と脳内で叫び、MVを何度もリピートした。

楽曲も、歌唱も、ダンス(振り付けを担当しているのが酒井幸菜であることにもおお!と唸った)も、映像も、何もかもが新鮮で、スタイリッシュで、エモかった。これぞ私にとっては神曲だ! そして私は、YouTubeのコメント欄で、この曲を作詞作曲したのが当時15歳の諭吉佳作/menというワケのわからない名前の人物であることを知った。すぐさま検索し、諭吉さんの動画をたくさん観た。天才を発見した瞬間だった。

そして同時に、こんなとんでもなく野心的な起用をやってのけるでんぱ組.incに、改めて興味を持った。そして、最上もが、夢眠ねむが卒業して以降のでんぱ組.incが、どうやらそれまでやってこなかったようなさまざまな新たな方向性にチャレンジするモードに入っており、それが最もクリアに出ているのが「形而上学的、魔法」であることを知ったのである。

でんぱ組.inc「形而上学的、魔法」Music Video

正直に告白しよう。私はごく最近まで、アイドルに興味を持っていなかったのだが、その中でもでんぱ組.incのことは、どちらかといえば苦手だった。それはもちろん、先に書いたように私が秋葉原を聖地とするいわゆるオタクカルチャー、萌え萌えキュン的な文化への志向性をまるっきり欠いていたからである。電波ソングと呼ばれるジャンルにも心動かされたことがなかった。

私にはアイドルに限らず、ファン意識というか、俗に言う「推し」という欲望が致命的に欠如しており、長い間そういう気持ちがどうにもわからなかった。そりゃあ容姿にせよキャラクターにせよ、私にだって個人的な好みはあるが、だからそれが何?としか思えない。以前の私には、とりわけでんぱ組.incは自分が違和感を拭えない類のアイドルの典型であるかのようにさえ思えてしまい、つまるところ、音楽批評家としても、一個人としても、まるでハマっていなかったのである。

ところが「形而上学的、魔法」との遭遇以後、何かが変わった。私がいささか引いてしまってさえいた、でんぱ組.incのでんぱなイメージが、実のところ私自身が勝手によく知りもしないで(知りもしないがゆえに)造り上げていたものであり、その向こう側には、それぞれの素の人格と個性と魅力を持った6人の人間がいるのだというごくごく当たり前のことを、私はようやく、少しずつではあるが理解していくようになったのである。むろんそれだってメディアを通したイメージによるものでしかないわけだが、それでもどちらかといえば数あるアイドルユニットの中でも造り込まれたキャラを強く押し出していると言ってよい(と私が思っていた)でんぱ組.incに、何かしらの変化が訪れているらしいということは、私にだってそこはかとなく感じ取れた。

「秋の葉の原っぱで」で見せた、心震わせる歌唱力

それから時々、私はでんぱ組.incの動画や情報をチェックするようになった。チラ見やチラ聴きだけだと全部同じ曲に聞こえていた彼女たちの楽曲が、Wiennersの玉屋2060%や清竜人といった非常に優れたソングライターによるものだったりすることを知った。2019年8月28日のNHK大阪ホールで「秋の葉の原っぱで」をメンバー全員がアカペラで披露している動画を観て、この人たちってこんなにちゃんと歌えるんだ、と感心させられた。私は必ずしも技術的な歌のうまさではなく、丁寧に感情を込めて歌っている様に感動してしまう質なのだが、あの歌唱に紛れもなくそれがあった。

でんぱ組.inc「秋の葉の原っぱで」Live Movie(2019.8.28 at NHK大阪ホール)

ちなみにこのしばらく後に古川未鈴が漫画家の麻生周一との結婚を電撃発表するわけだが、あの動画で彼女は歌いながら涙を見せている。当然、ほかのメンバーはその涙の理由を知っていたわけで(あの涙と結婚を結びつけるのだって勝手に想像してることだが)、あの歌唱には全体として包み込むような優しさがあふれている。とかくぶっとんだ狂躁的な風情が全面に来がちなでんぱ組.incが、にわかに等身大の女の子たちに見えてきた。

私がでんぱ組.incに墜ちるのは時間の問題であった。

でんぱ組.incにはまだまだ辞めないでほしいと思う


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