『踊る大捜査線』は2024年も有効なコンテンツたりえるのか? 今後を占う「ふたつのカギ」【映画『室井慎次』考察】
大人気シリーズ『踊る大捜査線』(フジテレビ)が12年ぶりに再始動。現在、『室井慎次 敗れざる者』(10月11日)、『室井慎次 生き続ける者』(11月16日)の2作が連続公開されている。
「警察組織を変える」という約束を守れなかった室井慎次(柳葉敏郎)は、失意のなか警察庁を退職。地元の秋田に戻り、タカ(齋藤潤)とリク(前山くうが、前山こうが)のふたりの少年を里子として引き取って、静かな生活を始めていた。そんなある日、室井宅近くで腐乱死体が発見される。その遺体の正体は、あまりにも意外な人物だった……。
『室井慎次 敗れざる者』は、公開から1ヵ月が経った段階で興行収入14億円、観客動員数100万人を記録。映画シリーズの累計興行収入は500億円を突破した。2024年のいま、再び熱を帯びてきた『踊る大捜査線』。果たしてこのシリーズは、現在でも有効なコンテンツたりえるのだろうか。
これまでの作品を紐解きつつ、考察していこう。
※『室井慎次 生き続ける者』に関するネタバレが一部含まれます
目次
歴史に埋もれるはずだったドラマが“熱”を帯びるまで
『踊る大捜査線』は、最初から熱狂をもって迎えられた訳ではなかった。
むしろ、1997年1月7日から3月18日まで放送されたドラマの平均視聴率は18.2%で、20%にも届いていない。エピソードごとの視聴率を見ても、20%を超えたのは最終回のみ。数字だけを見れば、「可もなく不可もなく」といったところだろう。
ただでさえ当時のフジテレビは、平均視聴率28.5%の『ロングバケーション』(1996年、主演:木村拓哉)、28.4%の『ひとつ屋根の下』(1997年、主演:江口洋介)、30.8%の『ラブ ジェネレーション』(1997年、主演:木村拓哉)と、30%近い視聴率を誇るドラマを数多く擁していた。普通であれば、『踊る大捜査線』はそのまま歴史に埋もれてしまってもおかしくないコンテンツだったのである。
だが、フジテレビのスタッフがネットでの盛り上がりに目をつけた。当時は、パソコン通信が少しずつ普及し始めた時代。ニフティが提供する掲示板で『踊る大捜査線』が話題となり、「『踊る』と『エヴァンゲリオン』の放送日は、サーバーがパンクする」とまで言われていた。このドラマは一部のコアなファンによって、カルト的な人気を博していたのである。
もうひとつ、このドラマへの熱狂ぶりが伺える事実があった。当時9000店舗ほどあったレンタルビデオ店に対して、市場に出回ったのは3000セット。視聴率が芳しくなかったことで、リリースするソフト数は低く抑えられていた。
だからこそファンのあいだで飢餓状態が発生し、ネット掲示板には「XX店に『踊る』のビデオが入荷されたらしい」という情報が書き込みされるようになる。明らかにこの作品は、他ほかのドラマにはない“熱”があった。
同時代ヒット作との<4つの特徴>
年末にスペシャルドラマ『踊る大捜査線 歳末特別警戒スペシャル』(1997年)が放送されると、24.9%の高視聴率をマーク。その翌年に放送された『踊る大捜査線 秋の犯罪撲滅スペシャル』(1998年)も、25.9%という数字を記録した。マニア層に支持されていたはずの『踊る』は、あっという間に国民的ドラマへと駆け上っていったのである。
その後公開された劇場版が歴史的大ヒットを飛ばしたことは、みなさんご存知のとおり。特に2003年に公開された『踊る大捜査線 THE MOVIE 2』は、現在に至るまで実写邦画歴代興行収入第1位という金字塔を打ち立てている。
・『踊る大捜査線 THE MOVIE』(1998年、興行収入101億円)
・『踊る大捜査線 THE MOVIE 2 レインボーブリッジを封鎖せよ!』(2003年、興行収入173.5億円)
・『交渉人 真下正義』(2005年、興行収入42億円)
・『容疑者 室井慎次』(2005年、興行収入38.3億円)
・『踊る大捜査線 THE MOVIE 3 ヤツらを解放せよ!』(2010年、興行収入73.1億円)
・『踊る大捜査線 THE FINAL 新たなる希望』(2012年、興行収入59.7億円)
これまでも、テレビドラマの劇場版は数多く作られてきた。だが『踊る』の数字は、他の作品を完全に圧倒している。『踊る』と放送年が近い作品と比較してみよう。
■『GTO』(フジテレビ)
・ドラマ第1シリーズ(1998年、平均視聴率28.5%)
・映画『GTO』(1999年、興行収入13.2億円)
■『トリック』(テレビ朝日)
・ドラマ第1シリーズ(2000年、平均視聴率7.9%)
・ドラマ第2シリーズ(2002年、平均視聴率10.6%)
・ドラマ第3シリーズ(2003年、平均視聴率15.6%)
・映画『トリック劇場版』(2002年、興行収入12.9億円)
・映画『トリック劇場版2』(2006年)興行収入21.0億円
・映画『劇場版TRICK 霊能力者バトルロイヤル』(2010年)興行収入18.6億円
・映画『トリック劇場版 ラストステージ』(2014年)興行収入18.0億円
■『HERO』(フジテレビ)
・ドラマ第1シリーズ(2001年、平均視聴率34.3%)
・ドラマ第2シリーズ(2014年、平均視聴率21.3%)
・映画『HERO』(2007年、興行収入81.5億円)
・映画『HERO』(2015年、興行収入46.7億円)
■『ごくせん』(日本テレビ)
・ドラマ第1シリーズ(2002年)平均視聴率17.4%
・ドラマ第2シリーズ(2005年)平均視聴率28.0%
・ドラマ第3シリーズ(2008年)平均視聴率22.8%
・映画『ごくせん THE MOVIE』(2009年)興行収入34.8億円
■『木更津キャッツアイ』(TBS)
・ドラマ第1シリーズ(2002年)平均視聴率10.1%
・映画『木更津キャッツアイ 日本シリーズ』(2003年)興行収入15億円
・映画『木更津キャッツアイ ワールドシリーズ』(2006年)興行収入18億円
これらの作品と『踊る』を比較して浮かびあがるのは、以下の4点となる。
1.テレビドラマが第1シリーズのみで終わっている
2.ドラマの終了から劇場公開までのスパンが短い
3.テレビドラマが特に高視聴率ではない
4.スピンオフも含めて劇場版タイトルの数が多い
マニアックな刑事ドラマだった『踊る大捜査線』は、その熱が冷めやらぬタイミングで劇場版を公開して大ヒットを記録し、その後もあえてテレビドラマに回帰せず、映画というリッチなコンテンツに集約させることで、人気を拡大させていったのだ。
『踊る大捜査線』を構成する要素とは何か?
そもそも『踊る大捜査線』は、刑事ドラマとしては非常に型破りな作品だった。脚本家の君塚良一は、制作にあたって4つのルールを提唱したという。
1.刑事をニックネームで呼ばない
2.少人数で捜査会議をしない
3.聞き込みで音楽を流さない
4.犯人に感情移入しない
『太陽にほえろ!』に代表されるような王道フォーマットをブチ壊すことで、アンチとしての刑事ドラマ、カウンターとしての刑事ドラマを目指したのだ。むしろこの作品は、一般的な視聴者層……サラリーマンの共感を呼ぶ設計がなされていた。
第1話のタイトルも、ズバリ「サラリーマン刑事と最初の難事件」。本作の主人公・青島俊作(織田裕二)は、大学卒業後にシステム開発会社に就職したものの、小さいころの夢を捨てきれず、一念発起して刑事へと“転職”した、異色の経歴の持ち主だ。
湾岸署刑事課強行犯係に配属された彼に待ち受けていたものは、思い描いていたものとは大きくかけ離れたものだった。所轄の刑事はロクに捜査させてもらえないし、署長や課長たちはお偉方の接待に夢中。同僚の恩田すみれ(深津絵里)からは、「警察署はアパッチ砦じゃない。会社」と言われてしまう。つまり『踊る大捜査線』とは、組織の末端で地味な仕事に明け暮れながら、それでも自分たちが信じる「正義」を全うしようと奮闘するお仕事ドラマなのである。
また『踊る大捜査線』は、台場という東京臨海副都心を舞台にした、「都市を描くドラマ」でもあった。このシリーズが放送されたのは、フジテレビが河田町から台場に本社を移転した1997年。当時まわりは建設予定地だらけで、劇中でも湾岸署は「空き地署」と揶揄されていた。まさに、都心のなかの空白地帯。
『踊る大捜査線 THE MOVIE 2』でも、真下正義(ユースケ・サンタマリア)が「この街は未完成なんです」と語るセリフがあった。進化していく都市とリンクするように青島たちが成長していくからこそ、この作品はスリリングだったのである。
そして何よりも、ほとんどコントとしか思えないコミカルな会話劇。和久平八郎を演じるいかりや長介(ドリフターズ)、中西係長を演じる小林すすむ(ヒップアップ)というお笑い出身者に加えて、主演の織田裕二も、恩田すみれ役の深津絵里も、みんなコメディには定評のある俳優ばかり。柳葉敏郎もかつては、バラエティ番組『欽ドン!!良い子悪い子普通の子おまけの子』にレギュラー出演していた。
特に神田総一朗署長(北村総一朗)、秋山晴海副署長(斉藤暁)、袴田健吾刑事課長(小野武彦)の通称「スリーアミーゴス」は、コメディリリーフを一手に引き受けている。『踊る大捜査線 THE MOVIE』では、いつまでたっても捜査本部の戒名を決められないという超絶面白シーンをご披露。脚本の君塚良一は、もともと萩本欽一の番組に関わる構成作家集団「パジャマ党」のメンバー。コメディ・シーンに、君塚節が唸っている。
劇場版では、ここにさらに大きな要素が加わる。「短時間で複数の事件が同時多発的に発生する」というワチャワチャ感だ。『踊る大捜査線 THE MOVIE』では、3日間のあいだに副総監の誘拐事件、サイコキラーによる殺人事件、湾岸署内の窃盗事件が発生。『踊る大捜査線 THE MOVIE 2』では、11月の3連休に会社役員の殺人事件、スリ事件、通り魔事件、署長の不倫疑惑が発生。『踊る大捜査線 THE MOVIE 3』では、新湾岸署への引っ越しでおおわらわの3日間で、拳銃による殺人事件、銀行強盗事件、拳銃の盗難、おまけにスカンクの逃亡事件まで発生する。
言うなれば、「仕事はめっちゃたてこんでいるけど、まわ周りはプチ宴会やらなんやらで大騒ぎ」というような、会社の年末感。ハレとケでいうところの、「ハレ」だけを煮詰めて凝縮させたような感じ。そんな場所に放り込まれてしまう快感が、『踊る』にはある。
『踊る』カウンターとして作られた『室井慎次』二部作
お仕事ドラマであり、都市を描いたドラマであり、コメディドラマであり、ワチャワチャ感のあるエンタメ凝縮ドラマ。だが新作の『室井慎次 敗れざる者』と『室井慎次 生き続ける者』は、そのような『踊る』的コードをいっさい使っていない。自分たちが生み出したトンマナとは真逆に舵を切ることで、むしろ『踊る』のカウンターとして作っているようにも感じられる。
警察を辞めた室井は、地元に戻ってふたりふたりの子供を里親として迎えている設定だから、この作品はお仕事ドラマというよりも家族ドラマ。これまでの『踊る』には、登場人物のプライベートがほぼ描かれてこなかったことを考えれば、この時点で相当に異色作といえる。そして本作の舞台は、大自然が広がる秋田の山奥。家を改装したり、畑仕事に精を出したり、狩猟で動物を捕えたり、魚を釣ったり、田舎暮らしの日常が静かに流れていく。都会の喧騒とは無縁の空間が、そこには佇んでいる。
口数の少ない寡黙な室井が主人公になる時点で、ある程度シリアス路線になることは予想できたが、コメディ要素もだいぶ希薄だ(2005年公開の『容疑者 室井慎次』も、非常にシリアスな作品だった)。今回コメディリリーフの役割は北大仙署の警察官・乃木真守(矢本悠馬)が担っているが、出演時間が多いわけでもなく、作品のトーンからも浮いているため、スリーアミーゴスのような爆笑引受人という感じでもない。『踊る』的トンマナをことごとく(意図的に)外しているのだ。
すでにニュースで流布されている通り、『室井慎次 生き続ける者』のラストシーンには青島がサプライズ出演。今後は青島を主人公にした新シリーズのドラマ・映画が展開されていくものと予想される。『室井慎次』二部作はその序奏として、あえて作風を思い切りシフトチェンジしたのかもしれない。
思えば2021年に公開された『ゴーストバスターズ/アフターライフ』は、それまでの『ゴーストバスターズ』シリーズの「ニューヨークを舞台にした都市型映画」、「軽妙洒脱なコメディ映画」というスタイルを反転させて、オクラホマ州を舞台にした少年・少女たちのジュヴナイル映画になっていた。そしてその次作『ゴーストバスターズ/フローズン・サマー』(2024)ではニューヨークに舞い戻り、いつものゴーストバスターズ的ノリが復活。おそらく『踊る』も、そのような展開になるのではないか。
シリーズの今後を占う<ふたつのカギ>
では果たして、このシリーズは今後も国民的な人気コンテンツになり得るのだろうか。おそらくそのカギは、ふたつある。
ひとつは、カリカチュアされた官僚主義的組織論が、2024年の視聴者にリアリティをもって訴求できるかどうか。一般のサラリーマン目線からしても、『踊る』が提示する組織論は、今ではあまりに旧態依然すぎる。時代錯誤感を感じてしまう可能性があるのだ。
もうひとつは、50代半ばを迎えた青島をどのようなポジションで描くか。劇中では、警視庁の捜査支援分析センターに所属していることが新城(筧利夫)の口から明かされている。どうやら所轄から警視庁へと栄転して、出世街道を走っているらしい。
組織に立ち向かい、キャリアと対立してきた青島を警視庁勤務にさせることで、これまでのようなノンキャリア組カタルシスを発動させることはできるのか。ひょっとしたら彼は、かつての和久さんのようなメンター的ポジションとなり、主人公にはフレッシュな若手が起用されるのかもしれない。
お仕事ドラマ+都市型ドラマ+コメディという要素は、いまでも十分有効だ。だが初放送から四半世紀が過ぎたいま、そのリビルドには少なからずチューンナップが必要なはず。その答えは、近い将来に発表されるであろう新作で明らかになることだろう。
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