シェイクスピア作品はなぜ400年以上も愛されつづけるのか?北村紗衣がその魅力に迫る

2020.3.11


晩年のシェイクスピア

『シェイクスピアの庭』は、晩年のシェイクスピアを描いている。シェイクスピアは1564年生まれで1616年に亡くなっており、「ひとごろし(1564)の芝居をいろいろ(1616)書いた人」と覚える。この映画は1613年にグローブ座が燃えてしまうところから始まるが、これは本当に起こったことだ。シェイクスピアと後輩の劇作家であるジョン・フレッチャーが書いたお芝居『ヘンリー八世』(この作品も2020年2月に彩の国さいたま芸術劇場で上演されたばかりだ)の上演中、大砲の使用に失敗して劇場が丸ごと燃えた。

『シェイクスピアの庭』予告編

これにショックを受けたシェイクスピアは故郷に帰ることになり、ストラトフォード・アポン・エイヴォンでほとんどの物語が展開する(このあたりのドラマティックな展開には、史実に比べると少し省略や脚色がある)。作家としてロンドンで大活躍していた時代のシェイクスピアではなく、引退したシェイクスピアを描いているのは、おそらくこの時代をテーマにしたほうが、史実にもとづいて想像を加えながら興味深い物語を紡げるからだ。

一般的にこのころの平民の文人の人生についてはほとんど詳細がわからないことも多く、生没年や家族のことがわかっているシェイクスピアはマシなほうなのだが、それでも伝記的事実がはっきりしていないところは多い。しかしながら、結婚や財産関係の取引などについては法的書類が残るので、まだわかっているところもある。この映画に出てくるシェイクスピアの子どもたちの家庭のトラブルなどは、多少誇張や想像で広げているところはあっても、ほぼベースとなる事実が存在する。

『シェイクスピアの庭』のおもしろさ

この映画のおもしろさは、シェイクスピアの人生に関するよく知られた謎をいくつか取り上げ、想像で補ってユニークな答えを出しているというところにある。シェイクスピアが妻であるアン・ハサウェイに2番目にいいベッドを遺言で残したというのは有名な話で、よく翻案作品などでも取り上げられるのだが、『シェイクスピアの庭』でもこの理由が想像をふくらませて描かれている。

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故郷に戻ったシェイクスピアが家族の秘めた思いに気づく姿が描かれる
(c)2018 TKBC Limited. All Rights Reserved.

また、息子ハムネット(代表作である『ハムレット』の主人公に似た名前である)の早世がどのようにシェイクスピアの作品に影響を与えたのかということはさまざまな研究者や芸術家が気にしてきたことで、ジェイムズ・ジョイスの『ユリシーズ』をはじめとする文学作品でも大きなモチーフとして取り上げられている。これについても『シェイクスピアの庭』はひとつの答えを出してくれている。

映画の途中でシェイクスピアのパトロンだったサウサンプトン伯がストラトフォード・アポン・エイヴォンを訪問するというくだりがある。これは史実ではないが、サウサンプトン伯はシェイクスピアが若いころに書いたソネット(14行詩)を捧げられている「美しい若者」の候補としてよく名前が挙げられる人物だ。シェイクスピアのソネット集前半は名前のわからない美しい若者に熱烈な愛を捧げるという内容で、しばしば男性に対する恋心を表現したものだと解釈される。この映画で老いたサウサンプトン伯に対してシェイクスピアが若き日の恋心を告白する場面は非常に哀切だ。

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シェイクスピア作品を敬愛するケネス・ブラナーが監督も務めた
(c)2018 TKBC Limited. All Rights Reserved.

全体としてこの作品は、歴史的事実やシェイクスピアに関する研究の成果を非常にしっかり踏まえつつ、明らかになっていないところに関しては想像力を思い切り飛躍させて、シェイクスピアの人生をおもしろく、豊かなものとして描こうとしている。史実と芸術的なイマジネーションのバランスがとてもよい作品だ。こうした物語をイングランドの美しい風景の中で、監督も兼ねているケネス・ブラナー、ジュディ・デンチ、イアン・マッケランといったシェイクスピア劇の名優たちが味わい深い演技で紡いでいく。派手な作品ではないかもしれないが、シェイクスピアにとても真剣に向き合った、興味深い映画だ。


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映画『シェイクスピアの庭』

2020年3月6日(金)Bunkamuraル・シネマほか全国順次公開
原題:ALL IS TRUE
監督:ケネス・ブラナー
脚本:ベン・エルトン
出演:ケネス・ブラナー、ジュディ・デンチ、イアン・マッケラン、キャスリン・ワイルダー、リディア・ウィルソン
配給:
ハーク


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北村紗衣

(きたむら・さえ)武蔵大学人文学部准教授。専門はシェイクスピア研究、フェミニスト批評、舞台芸術史。著書に『シェイクスピア劇を楽しんだ女性たち』(白水社)、『お砂糖とスパイスと爆発的な何か』(書肆侃侃房)など。

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