七尾旅人、急逝した筋ジストロフィーの詩人・相羽崇巨との出会い「この革新的な表現を、世界中の人間に突き付けたかった」

2024.3.23

文=七尾旅人 編集=田島太陽


1998年のデビュー以来、ファンタジックなメロディで世界の現実を描き続け、「うた」のオルタナティブを切り拓いてきた七尾旅人。ある日出会った、筋ジストロフィーを患う相羽崇巨という青年に心を惹かれ、音楽の世界に導きながら、かけがえのない友情を育むことになる。

2023年12月20日、相羽崇巨は亡くなった。彼が生前残した歌詞と活動を記録するため、七尾旅人が記したテキストを掲載する。

※この記事は七尾旅人の『note』に掲載された「呼吸器シンガー、相羽崇巨くんとの、これから。」(2024年1月4日公開)と「呼吸器シンガー相羽崇巨くんが遺したオミブレスのライブに参加して。 これまで誰も書きえなかった彼の新曲歌詞「筋ジストロフィー」」(1月15日公開)のテキストを再編集し転載したものです

彼の歌には最初からすべてが詰まっていた

 相羽崇巨
相羽崇巨

筋ジストロフィーの詩人、呼吸器シンガー、相羽崇巨くんが2023年12月20日に、29歳でこの世を去った。

元々は朗読詩人だった彼と、2019年、愛知県のフェス会場で出会った。演奏中、客席にとても目を引く青年を見つけた。電動車椅子に身体を預け、呼吸器によって命を繋ぎながらも、誰より瞳を輝かせ音楽を楽しむその姿に惹かれて声をかけて以来、彼は僕にとってかけがえのない友人になった。

彼の素晴らしい詩と朗読のパフォーマンスに心を揺さぶられ、「相羽くん、歌も作ってみたら?」と薦めてからは、水を得た魚のように名曲を連発して、僕らを驚かせた。

指先しか動かせない彼に、僕はいちばんシンプルな作曲方法を伝えた。僕が不登校児だった子供時代から続けている、鼻歌を応用したごく素朴な作り方だったが、相羽くんにはフィットしたみたいで、彼の歌には最初からすべてが詰まっていた。彼の喜び、哀しみ、輝き、そのすべてが。

相羽崇巨が遺した2枚の傑作アルバム『花笑みの日々に』と『朱夏の約束』は、Spotifyなどのサブスクリプションでも配信されているので、ぜひ彼のソングライティングに触れてみてほしい。

いつも笑顔をたやさずに誰かを思いやる、優しい男だったが、呼吸器をつけた状態で歌を追求することは、けして容易なことではなかったと思う。音楽を始めて以来、彼は「呼吸器シンガー」という通り名を好んで使うようになった。

これはバンド形態で演奏を行う際の名前、オミブレスにも引き継がれ、朗読や鼻歌から始まった、彼の息(breath)を巡る闘いを鮮烈に印象づけた。

果たすべき約束を、まだ果たせていないから

七尾旅人(左)と相羽崇巨(右)
七尾旅人(左)と相羽崇巨(右)

クリスマスに行われたお通夜の翌日、告別式で、相羽くんの言葉にインスパイアされて作曲した「if you just smile」と共に、初めて彼の歌をカバーして歌った。

「ねむたいな」「愛の冷やし中華」「あめもよう」。相羽くんの命への眼差しが焼き付けられた、珠玉の名曲たち。

筋疾患によって凪いでゆく彼の身体から紡がれたメロディラインを、実際に演奏し、自分の気道と声帯によって辿ることで、初めて理解できたことが、たくさんある。

彼が遺したすべての歌を覚え、歌い継いでいくことを決心した。

今まで生きて来て、こんなに悲しいクリスマスはなかったけれど、相羽くんがSNSに遺した最後の書き込みは、明日への希望に満ちていて、呼吸器シンガーの優しく楽しげな息遣いが伝わってくるかのようだ。

亡くなった際も、11月に名古屋の彼の家で僕と話し合った新しい夢について、楽しそうに語っている最中だったと聞いた。彼は笑顔のまま、眠るように息を引き取ったと。筋ジストロフィーが少しずつ、心肺の筋肉組織にまで進行していたそうだが、僕らにはもっともっと、たくさんの時間が残されているものだと思い込んでいた。後悔は尽きない。

どうして彼が、僕のことを信じて、慕ってくれて、歌の世界に来てくれたのか、わからないが、自分はまだ彼に対して、果たすべき約束を、果たせていないと、感じている。僕はこれからも、彼との共同作業を続けていくつもりだ。

驚くべき、オミブレスの詩世界

1月14日、名古屋の金山で1971年から愛される老舗喫茶店、ブラジルコーヒーで開催された音楽イベント『オミブレスの逆襲』へ。

12月20日に惜しくも急逝した相羽崇巨くんが遺したバンド、オミブレスのライブ演奏をどうしても見逃したくなくて、高知県須崎市の現場から直行することを決めていたが、バンドの皆さんのご厚意で、僕も最後に1曲参加させて頂けることになっていた。

舞台のセンターには、相羽くんが生前愛用した電動車椅子が配置されると聞いていたが、介助用のワゴン車で実際にお母さんが運んで来たそれは、不在を強調する空の乗り物ではなく、今まさに着用されているかのような膨らみを持たせた彼の衣服や、お洒落して男前にきめた相羽くんの写真パネルでデコレイトされ、まるで本人がそこに乗って会場に到着したような、確かな温かみがあった。

加藤くん、後藤さんら、残されたバンドメンバーの皆、涙を堪えながら懸命に演奏した。とりわけ、相羽くんの歌詞の全てを背負うことになった、もう一人のヴォーカリスト、モヨさんのプレッシャーは大きかったと思う。

相羽くんは、最も簡潔にして深遠な2020年のデビューアルバム『花笑みの日々に』のあと、多様なチャレンジを盛り込んだ新曲群を、蝉時雨など夏に由来する効果音で柔らかく包み込んだ2022年のセカンドアルバム『朱夏の約束』まで、猛スピードで成長を果たしながら駆け抜けたが、そこからの次なるステップとして新たなメンバーと共に試行錯誤されていたハードエッジなロックサウンドを持ち味にするバンド、オミブレスの詩世界は、驚くべきものだった。

1曲だけ、未発表新曲の歌詞をここに紹介させてもらいたいと思う。タイトルはそのものずばり『筋ジストロフィー』。

筋ジストロフィー
(作詞・作曲omi)

筋ジストロフィー 最高の栄誉  
筋ジストロフィー どうやって料理してやろう
筋ジストロフィー 光り輝く勲章  
誰も授かることのない 俺だけの賜物だ

産声あげた瞬間から優勝している
一等賞は俺のもんだ 筋ジストロフィー 
この病が筋肉を犯すのなら 
俺も骨の髄までお前を犯し続けてやる

もう悲しむ暇なんてない  
不幸に中指 立ててやるぜ
明日が俺にピストルを撃ち続けても 
全部かわしてやるぜ 覚悟しておけ

A型 B型 旧型 最新型    
俺はみんなが轟くディシェンヌ型だ
筋ジストロフィー 俺だけのトロフィー 
呼吸器アストラル 俺の相棒だぜ

1ミリも動けなくても あの娘を抱いてやるぜ 
呼吸が薄い暗闇でも 大きな屁でもこいてやらあ

たとえ完治する薬があっても 
俺は最後まで誘惑に手を伸ばすことはないだろう

だって十分すぎるくらい幸せなんだもん 
そんな浅はかに悪魔も大誤算だろう
出会うはずない真実には 神様でも手だしはできない
この体が音を上げるまで とめどなく暴れてやる

この病が筋肉を犯すのなら 俺も骨の髄までお前を犯し続けてやる

もう悲しむ暇なんてない 最後の最後まで出し抜いて果ててやるさ  
明日が俺にピストルを撃ち続けても 全部受け止めてやる 覚悟しておけ
たとえば今ここで朽ち果てたとしても
そこに残るのは後悔ではなくて 惜しみない笑顔だろう    
筋ジストロフィー 優勝だ

闘病と冒険を、力強く肯定する

難病である筋ジストロフィーと、優勝杯を意味するトロフィーを掛け合わせたこの歌で、相羽くんの言葉は、かつてないほど生々しくダイレクトに感情を吐露し、社会の無関心から醸成される高く硬いバリアにひとすじの亀裂を入れようとするかのように、挑発的なうねりを見せる。

健常とされている人々の、半分以下の肺活量で、呼吸器を装着して歌い続けていることがすでに世界でも類を見ないことであり、その存在自体がオルタナティブな批評として機能していることを、相羽くん自身がどのように意識していたか定かではないが、彼の心を常に突き動かして来たように思える未達の感覚に、渇望に駆り立てられ、呼吸器シンガー相羽崇巨はここで、レベルミュージックとしか呼びようがないほど直截的な表現へと舵を切り、これまでの葛藤に満ちた人生の歳月を、闘病と冒険を、自らの来し方と未来を、力強く肯定しきっている。

これは最早、個人の歌であることを超え、あらゆる被抑圧者、見えざる闘いの渦中にある人々への福音に等しいものだ。多言語版でも準備して、世界中の人間に突き付けたい、そんな革新的な表現が、僕の眼前にあった。

けしてミュージシャンとして長年の経験があるわけではなく、音楽イベントの観客同士として相羽くんと偶然に出会い意気投合したという小柄な女性、モヨさんが、全身でこの歌の真っ芯を掴み取り、最後の一節まで歌いきった。

「筋ジストロフィー、優勝だ!!!」

その直後、僕もステージに呼び込まれ、バンドメンバーのみんなが最も好きだという未発表の名曲『君が好き』を、一緒に演奏させてもらった。この曲の詞もやはり以前より直接性を増しながら、しかし大らかで穏やかな彼本来の慈しみの感覚が聴き手に向けて注がれ続ける非常に美しい作品で、「好き」という言葉が、切なくなるほど何度も何度も繰り返される。

これまで一度でも、歌の中で誰かが、これほど真っ直ぐな愛情表現を与えられたことがあるだろうかと、思わずにいられなかった。

筋疾患とせめぎ合いながら、真摯に織り上げた固有の旋律

終演後、僕とはこの日が初対面となる共演バンド「ikoyi」や「電気うなぎ」の皆さんが、「みんな相羽くんのことが大好きだったんです。出会わせてくれた旅人さんに感謝してます」と言葉をかけてくれ、胸の内に温かいものが灯った。「こちらこそ、相羽くんのおかげで、今日こうして引き合わせてもらって感謝しています」と返したその時、忘れてしまっていたことを、不意に思い出した。

2019年、彼の朗読詩の才能と、チャーミングな人柄に惹かれて、歌も作ってみることを薦めたが、その際に「相羽くん、音楽は友達がたくさんできるよ」と口にしたことを、彼の音楽仲間たちと実際に会えたこの瞬間、唐突に思い出したのだった。

「詩の世界は、ほんの一握りしか食えない過酷な世界だよな。それに比べると音楽は裾野が広くて続けやすいと思うし、場所や仲間も見つけやすいから、外に出かける機会が増えるよ」と、僕は知ったふうな口を聞いて、相羽くんに音楽を薦めたのだった。詩の世界のことを知りもしないくせに。

小説、戯曲など数ある言語表現の中でも、詩はある意味究極の領域を占めるものだと思うが、当時25歳の相羽くんが自らの筋疾患とせめぎ合いながら真摯に織り上げる生活実感に基づいた素朴で抒情的な朗読詩は、そこに密やかに格納された彼自身の固有の旋律を掘り起こすだけで、そのまま歌詞へと移行可能なものに思えた。

何が正解だったかは最早、判らないが、それ以降の4年間を相羽くんはミュージシャンとして生き、自らの詩世界を劇的に変容させ、たくさんの音楽仲間に囲まれながら、ひた走った。今夜はその結晶のような素晴らしいイベントで、各出演者の暖かな友情が場に注がれ、終幕には笑顔の相羽くんが、自由に動かせなかったはずの腕でマイクを掲げ、ガッツポーズしている姿が見えた気がした。

しかしホテルに戻り、浅く眠って朝を迎え、横須賀への帰路に着く今、悲しみと、砂漠に取り残されたような乾き、喪失感は増してゆくばかりだ。あまりにも惜しい。悔しい。自分はやはり相羽崇巨という無二の人についてもっと掘り下げ、その輝く瞳を凝視して、なんらかの創作へと繋げていかなくてはならない。そう出来なければ、音楽に携わって来た意味がない。


相羽崇巨、30周年ライブ

生前「30歳の誕生日には盛大にパーティーをやるんだ」と語っていた本人の願いから、誕生日会であり、追悼ライブであり、お別れ会でもあるライブを、彼の30歳の誕生日の翌日に開催する。

公演名:『If you just smile -相羽崇巨 30周年- ~心の中で生きてるぜ!~』
日時:2024年3月29日(金)19:00開場/19:30開演
料金:予約1,600円/当日2,100円
出演:相羽崇巨バンド、the Omi Breath、七尾旅人
会場:Live lounge vio(愛知県名古屋市)
※チケットはすでにソールドアウトしました

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七尾旅人

(ななお・たびと)シンガーソングライター。1998年のデビュー以来、ファンタジックなメロディで世界の現実を描き続けて「うた」のオルタナティブを切り拓き、音楽シーンの景色を少しずつ変えてきた。パンデミックのなか放置された感染者や困窮者に食料を配送する「フードレスキュー」を継続しつつ完成させた2枚組ニュ..

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