“乃木坂46のように”この地獄を生き抜く。アイドルの歩みから、資本主義社会を紐解く

2023.4.3
“乃木坂46のように”この地獄を生き抜く。アイドルの歩みから、資本主義社会を紐解く

文=私はこーへ 編集=山本大樹


乃木坂46を過激に読み解くツイッタラー・私はこーへが国民的アイドルグループの歩みから、資本主義社会の「地獄」を生き抜くヒントを探る。

最終回は、エミー賞受賞の米ドラマ『ユーフォリア』に触れ、“乃木坂らしさ”の本質に迫る。

※この記事は『クイック・ジャパン』vol.165(2023年2月28日より順次発売)掲載のコラムを転載したものです。


メンバーとファンの間で共有する「傷つきやすさ」

本連載の最終回となる今回は、Z世代の過激な青春群像劇である米ドラマ『ユーフォリア』(※)に触れながら、“乃木坂らしさ”の本質に迫る。仲間同士で弱さを曝け出すことで成長する=『スタンド・バイ・ミー』性を帯びることで“乃木坂らしさ”を生み出してきた初期メンバーは2023年2月末をもって全員が卒業。集団での贈与と祝祭=『ミッドサマー』性によって伝統を継承した2期生・鈴木絢音と3~5期生のみで活動していく。

※エミー賞受賞の米ドラマ。Z世代の青春模様を通して、精神疾患、薬物依存、有害な恋愛関係やSNS上での人間関係の葛藤から生じる痛みを過激に描く。登場人物が男女問わず、男性中心主義的な価値観やジェンダーアイデンティティの問題に苦しむ中、痛みを曝け出すことで日々をなんとか生き抜いていく。これは、乃木坂46の舞台裏等で見られるメンバー同士の関係を彷彿とさせ、どちらも脱競争的な個人を尊重した共闘関係(それはシスターフッド的なものかもしれない)を私たちに示してくれる

これからは伝統を守るだけでなく、新しい期生の加入や新たな方向性の楽曲を起点に生じる偶発性によって変化がもたらされる──「守るべきもの」をたえず訂正し、常に“らしさ”を再定義する必要があるのだ。つまり“乃木坂らしさ”の訂正可能性(※)こそが重要となる。

※東浩紀は『ゲンロン12』収録の「訂正可能性の哲学」において「『開かれていること』を原理として規定するのではなく、あらゆる社会があるていど閉鎖的だと認めたうえで、それでもなお閉鎖の基準を個々の局面において柔軟に『訂正』していくような実践の可能性のことである」と定義している。訂正可能性は、真に持続的な連帯のための極めて具体的な提案だと東浩紀は書き記している

乃木坂46と米ドラマ『ユーフォリア』が示す“傷つきやすさ”による連帯の手触り
『ユーフォリア/EUPHORIA』(2019年)脚本:サム・レヴィンソン/出演:ゼンデイヤ、モード・アパトー、アンガス・クラウドほか

人間同士の本質的なわかり合えなさを描く『ユーフォリア』において数少ない、主人公たちが心通わせ合う場面が、シーズン2のラスト2話を使っての演劇『私たちの生活』をめぐるやりとりだ。主人公・ルーの親友であるレクシーがプロデュースするこの劇は、私小説的に自身の体験を曝け出す内容だ。

レクシーは、この劇で親友や家族を傷つけてしまわないか不安になり、友達以上恋人未満の関係のフェズに相談をする。フェズは「たまに傷つく必要があるヤツもいる」と答え、劇でなにを描きたいのかと問う。レクシーが「仲良しの女の子のグループが、成長して離れていく(物語だ)」と答えると、フェズは「それって『スタンド・バイ・ミー』だな」と答える。

『スタンド・バイ・ミー』では冒険後に関係は続かず、主人公・ゴーディは大人になり冒険を懐古するのみだった。しかし、ルーは父親を亡くし自暴自棄な自分を、親友の創作物を通して客観的に眺め、「自分の人生を振り返ってイヤにならなかった」とレクシーに感想を伝えた。ルーは青春の渦中で“正しく傷つく”ことができたのだ。

ジュディス・バトラーは著作『アセンブリ:行為遂行性・複数性・政治』の中で「人間であるかぎり捨て去ることのできない、他者に対する原初的な傷つきやすさ」を可傷性(※)と表現し、「不安定さ」という人生の根源に連帯の可能性を見出す。ルーが他者と共通する人生の不安定さに気づき、集団との結びつきを感じたように、『ユーフォリア』は『スタンド・バイ・ミー』以上に、現実に即した可傷的な共同体のあり方を提示している。

※元は哲学者レヴィナスが用いた概念で「傷つきやすさ、傷つくこと」を指す

これと同様に、乃木坂46のメンバーはうれしいとき、悔しいとき、さまざまな場面で涙を流す。齋藤飛鳥はインタビュー(※)で「“涙しか感情表現を知らないほど”でした」と答えている。メンバーの涙を受けて、ファンも涙する。ファンは、現実で同時代的に上演されている“乃木坂46”との可傷的なつながりを、自身の生活周辺でのつながり以上に実感しているのかもしれない。“乃木坂らしさ”の本質とは、資本主義社会に生きることの不可避な可傷性の共鳴を基盤とする、連帯の手触りのことだ。

※乃木坂46のドキュメンタリー映画第2弾『いつのまにか、ここにいる Documentary of 乃木坂46』公開に際してのインタビュー。「クランクイン!」『アイドルはなぜ“泣く”のか?乃木坂46・齋藤飛鳥&与田祐希が語る涙の理由』(2019/7/5)

乃木坂46と米ドラマ『ユーフォリア』が示す“傷つきやすさ”による連帯の手触り
乃木坂46 31stシングル「ここにはないもの」(2022年)

ボトムアップで生まれる“創造的な剰余価値”

まとめに入ろう。乃木坂46のメンバーは、ドキュメンタリーやブログ、SNS、モバイルメール等で日々の断片や思索を絶えず発信しており、生活のほぼすべてがコンテンツ化される後期資本主義の最たる労働形式の中を生きている。常にパーソナリティを消費される、非常に“傷つきやすい”存在だ。しかし、この乃木坂46という可傷的な共同体の協働が生み出す“権力よりも常に創造的な仕方での抵抗”にこそ資本主義を打ち破るヒントがあると私は思う。これはどういうことか?

ネグリ=ハートは『アセンブリ:新たな民主主義の編成』において「起業家」という概念を、権力よりも常に創造的な仕方で抵抗するマルチチュード(※)と再定義し、新自由主義に対抗する共同体の理論として提示した。乃木坂46において楽曲はたしかに秋元康からのトップダウンで与えられる。その後、MVやライブ、あるいはメンバー同士の関係性を通して、曲やグループはより“乃木坂らしく”なっていく。

※辞書的には“民衆”の意。ネグリ=ハートは「現在のグローバルな主権と資本主義の支配下にいるすべての人々」という意味でこの語を用いる

秋元康はラジオ特番『今日は一日“乃木坂46”三昧~第二章~』(NHKラジオ)で、ファンが曲を育て、思いもよらない形で次第に「神曲」へと変容していく様子を興味深い現象だと語っていた。“乃木坂らしさ”は、メンバーたちの協働やファンによる個人的な解釈の集積という、ボトムアップで溢れ出る“創造的な剰余価値”によって、運営から押しつけられずに規定されてきた。これは桜井玲香・秋元真夏といった仲間を包み込み寄り添う乃木坂46のキャプテン像や、メンバー同士が撮影する写真集『乃木撮』といった企画から見ても明らかだ。

乃木坂46は「組織の社会的使命を果たすために自分ができること」と「自分自身の目標達成のための行動」が一致する、ボトムアップ型の究極形であるティール組織(※)をなしている。ここで、乃木坂46を介すことで“創造性溢れるマルチチュード”という資本主義への抵抗のための共同体の理論と、ティール組織という資本主義の先端的な組織論とが接続可能だと気づかされる。乃木坂46は「起業家」活動を行うティール組織であり、集団のあり方という点で現在のトップダウン型の資本主義的論理を超えていると言えるだろう。

※組織をひとつの生命体と捉え、社長や上司がマネジメントをしなくても、各々が規則や仕組みを理解し、独自に工夫して意思決定をしていくことで、メンバーが自主的に成長しながら活動することを可能にする組織のこと

共同体における『ユーフォリア』性とは「誰しもが抱える人生の不安定さを基礎に連帯し、バラバラなままにその生を認め合うことで、各々が創造的な人生を歩むことを可能にする性質」のことである。乃木坂46と本連載で取り上げた3作品には、孤独からの救済、そして連帯へ(しかし不安定な生は続く)という共通点があり、これこそが現代社会に不足している、多様な人々と愛をわかち合うために必要な過程だと私は思う。“乃木坂46のように”をスローガンにこの地獄を生き抜く。そんな冗談めいた提案が解決の糸口になる。アイドルの可能性とはそのようなものだと私は信じている。


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