ブスと言われつづけた私。容姿をアイデンティティにするのはもうやめる(モリィ)

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モリィ

文=モリィ 編集=田島太陽


異性からの何気ないひと言で、自分の容姿を卑下するようになり、その呪縛にがんじがらめになって生きてきた。25歳、モリィはそう振り返る。

オンラインで開催された『YATSUI FESTIVAL! 2020』での公式キャンペーンガールオーディションで「QJWeb賞」を獲得したモリィによる連載コラム、第1弾として容姿に苦しんだ自身の半生を綴る。

人生の大半の不幸を容姿に押しつけていた

「ブスで損したことを教えてください」

この問いにうまく答えられなかったのは、自分をかわいいと思っているからではありませんでした。私はこの容姿で25年間生きてきて、何度も何度も数え切れないほどブスと言われたし、自分をブスだと言ってきたのだから。

これは3年前、「ブスに幸せと勇気を与える」をモットーに放送されたバラエティ番組『おぎやはぎの「ブス」テレビ』のオーディションで聞かれた質問でした。「ブスのせいで損したこと」がなんなのか突然聞かれてもよくわからなくて、「ブスが関係してるかわからないけど……」とツイてないと思ったエピソードを話したら、手応えがないまま合格したんです。

『ブステレビ』でのモリィ
『「ブス」テレビ』に隔週レギュラーとして出演していたモリィ

その少しあと、日銭欲しさに体験入店に行ったガールズバーを面接で落とされたとき、一緒に行った友人に「私たちもっとかわいければね」と言われハッとしました。

モテないのはブスだから。学校の先生や上司に好かれないのはブスだから。カフェで自分の飲み物だけオーダーが通らなかったのはブスだから。こうやって人生の大半の不幸を容姿に押しつけて、理不尽なことと戦おうともせず、波風立てず、あまりにも自然に常にブスと共存していたため、それらが「損したこと」だと気づけなかったのです。

傷つきながら笑い飛ばす日々

私がブスを自覚したのは、中学1年のときにクラスの男女数人で夏祭りに行く約束をしたのに、男子に「大田さん(モリィ)はブスだからお祭りで一緒に歩きたくない」とドタキャンされたときでした。初めて面と向かって言われた「ブス」という言葉にものすごく傷ついた私が編み出した対処法は、自分からブスを公言してひょうきんに振る舞って、傷つかないようにすることでした。ここから長い間、「ブスの呪縛」にがんじがらめになっていくのです。

中学生当時のモリィ
中学生当時のモリィ

容姿が劣っているということは何もしなくても他人を不快にさせる、という自論から、学生時代は女子の前ではムードメーカーに徹し、もう絶対にブスと言われないように男子とは必要最低限の会話だけ、トラブルに巻き込まれないよう目立ち過ぎず、かと言ってイジメられない程度に明るく、上京してからはブスと言われることにも慣れてしまって、処女であることや奇抜なファッション、カラフルな髪色など見た目をどんどん派手にして「モリィ」というキャラクターを確立していきました。

こんな見た目だし下品なこともするし、どっからでもブスって言ってきな!とブスの安売りをしていたので、「笑えないブス」とか「絶対抱けないブス」なんて言われても、実際はちょっと傷つきながら笑い飛ばしていたんです。「明るくてカラフルなモリィが好き」と言われると「明るくてカラフルじゃなきゃ誰にも好かれない」ってことだと思い込み、奇抜さを求めて坊主にもしました。

上京した当時のモリィ
上京した当時のモリィ

そんな変な見た目で『ブステレビ』に出演していたとき。ブスエピソードを番組内で笑い飛ばして同じ思いをした人を元気にしたいと思っても、「ブスをバカにしてる」「イジメを助長してる」「時代にそぐわない」という辛辣な意見をもらうことが多々ありました。表現の仕方にバラエティ番組のキャッチーさが目立つこともありましたが、普段はけなされてばかりのメンバーが一泊二日の旅で褒められつづけて自信を取り戻し、本来の自分のよさに気づく「私のポテンシャル」という企画があったり、出演者もスタッフも、辛辣な意見をくれた人々と同じように世の中の「ブスの概念」と戦っていたので、炎上するたびに外部とのズレを感じるようになりました。

もっと自分のために生きていい


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