「声をあげた女たち」の勇敢さに触れる3冊の本

2020.1.21

文=僕のマリ


伊藤詩織さんの裁判がまだ記憶に新しい。
男女ともに社会のなかでつらいことはそれぞれにあるとはいえ、そうは言ってもやはり「女である」というだけで経験してしまう嫌なことは多い。女たちが戦うための、女たちによる3冊の本を、僕のマリさんが選書する。

※本記事は、2019年2月23日に発売された『クイック・ジャパン』本誌vol.142掲載のコラムを転載したものです。

「声をあげた女たち」の3冊

消耗されたくない、といつも思う。まだ26年しか生きていないのに、たまに自分が女でいることが猛烈に悔しくなる。女である、ただそれだけで数え切れないほど嫌な目に遭ってきた。そのたびに、私は痴漢の腹を拳で殴り、しつこく後ろをついてくる男の顔に唾を吐き、セクハラをしてきた相手の会社に平気で殴りこんできた。下品で、みっともなくて、恥ずかしい行為だろうか? 自分の身や尊厳を守るためなら、私はいくらでも戦える。そしてたまに、勇敢な本を読んで静かに泣く。

イ・ラン『悲しくてかっこいい人』

『悲しくてかっこいい人』著者であるイ・ランは、シンガーソングライターでイラストレーターで作家だ。彼女の独り言のようなエッセイは、読む者の心を強く揺さぶる。「家族のせいでぼろぼろになってしまうほどつらかった」という著者は、17歳で家出をした。家族に縛られない生き方で、さまざまな住居を渡り歩き、恋人や友人と出会い、別れながら、自分の人生に没頭する。イ・ランのいじらしいほどの悲しみやユーモアや愛情を綴った73篇は、まるで追体験したように私たちの心に永遠に問うてくる。

キム・ヘジン『娘について』

キム・へジン著『娘について』は、老人介護施設で働く「私」のもとに転がり込んできた30代半ばの娘と、そのパートナーの女性との共同生活を描いた作品だ。「普通の」人生を娘に送ってほしいと願う「私」は、彼女の生き方を理解できず苦しみ、親子は何度も衝突する。「私の育て方が悪かったのだ」「私の落ち度は娘の落ち度」という諦念に苛まれる一方で、「私」は職場で担当している痴呆の老人に対する執着を見せはじめる。やがて起こる事件の数々によって、身寄りのない高齢者やLGBTなどの社会的弱者の存在が露わになる。誰もが「生きたい」ともがく姿に胸を打たれる一冊だ。

チョ・ナムジュ『82年生まれ、キムジヨン』

チョ・ナムジュ著『82年生まれ、キム・ジヨン』は、韓国で社会現象を巻き起こすベストセラーとなった。主人公であるキム・ジヨンは夫と娘と3人でソウルに住む女性。ある日を境に彼女は「自分」を失ったような振る舞いを見せ、徐々に精神が歪んでいく。キム・ジヨンを蝕んだのは、彼女のこれまでの人生で「当たり前」に行われてきた性差別、性暴力、理不尽や不平等。戦えども戦えどもねじ伏せられる女性たちの声。家庭でも学校でも会社でも、優遇されるのはすべて男性の世界。
夫と結婚して身ごもったキム・ジヨンは周囲から「男の子」の誕生を期待されるが、生まれたのは女の子で、生まれるやいなや「次は男の子を」と急かされる。女の子が立て続けに生まれるとわかった途端に中絶してしまう例もめずらしくないのだという。性は生にまで魔の手を伸ばす。こんな世界で、果たして正気を保っていられるだろうか? 淡々と綴られているのに、痛くて読めないと何度も思った。それでも私たちは目を背けてはならない。この絶望が手繰り寄せる希望を信じて。


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