チバユウスケは“優しいロックスター”である。「洋楽が最高」と思っていた僕がチバと出会い、別れるまでの27年間(ダーリンハニー長嶋)

2023.12.7

TOP画像=『EVE OF DESTRUCTION』(ソウ・スウィート・パブリッシング)

文=長嶋トモヒコ(ダーリンハニー) 編集=菅原史稀


ロックバンド・THEE MICHELLE GUN ELEPHANTなどのボーカルで、The Birthdayのボーカル&ギターを務めたチバユウスケが、2023年11月26日に55歳で死去。12月5日に訃報が発表され、悲しみの声が上がっている。

類まれなるこのロックスターによって人生を変えられた者のひとり、お笑いコンビ・ダーリンハニーの長嶋トモヒコが、チバが体現してきた“ロッカーとしての生き様”を振り返る。


突然の訃報

チバが死んだ。

今年の春にやる予定だった、The Birthday 『FxxK Forever Quattro×Quattro Tour’23』のチケットが手元にあって、数週間後にいつものチバが観られると思っていた矢先に病気休養のお知らせがあった。正直なところ「ああ、そうか。やっぱそうなっちゃったか」と思った。だってビールとタバコを、いつも際限なんて持ち合わせていなそうな感じで、おいしそうに飲んで燻らせていたから。

バドワイザーは水だと笑い、一番搾り(バンシボ)ばっか飲んでる。タバコを持ちながら前屈みで笑ってる。そんな顔はいつだってすぐ想像できる。ロッカーとはこうあるべき!を体現してくれるチバにはなぜか病気なんて無縁で、ずっとこのアイコンでいてくれて、太りもしないし、ずっと洒落てて、完全無敵のロッカーという幻想を信じて疑わなかった。だけど、やっぱり頭のどこかでは「絶対身体にいいわけねえよな!」って思っていた。そして実際にそういうニュースを目の当たりにすると冒頭の思いにはなりはしたけど、やはり面を喰らった。

事務的にチケットを払い戻し、チバに対するマイナスな感情やその後の情報をディグるようなこともしなかったし、する気にもなれなかった。よくいう「必ず戻ってくると思ってた」という定型的思考があるけど、口に出す必要も考える必要もないくらい当たり前にチバは数カ月後にはステージで歌ってると思っていた。「心配かけたな。もう大丈夫だわ」って。でも結局、チバは死んじゃった。

チバとの出会い

初めてチバを知ったのは1996年の僕が高校2年のとき、心からつま先までイギリスのロックとR&Bとモッズに持ってかれている時期で、洋楽が何よりも最高で、日本のバンドなんか見向きもしなかった。巷で流行っているメロコアなんて一番クールとはほど遠いアツ苦しいアメリカのロックだと思っていたし、世界を席巻しているポップミュージックなんてBGMにも成り得ないと思ってた。今考えると偏狭すぎて逆に清々しいくらいティーンしてるけど我ながらヒドイ価値観だと反省したくなる。でも当時は本気だった。そんな謎の反抗心剥き出しのある日の深夜、お色気系バラエティ(ここがティーンっぽい)の新人バンド紹介みたいなコーナーで、彼が所属していたバンド・THEE MICHELLE GUN ELEPHANT(通称・ミッシェル)を観た

三つボタンのモッズスーツ(もちろんサイドベンツ)でしゃがれた声でがなって、僕以上に何かに怒っていて、クールでテレビに媚びてなく、とてつもなくかっこよかった。画面のバンドに釘づけになりながらもショックを受けていた。「こんなバンドが日本にいるのか」と。ミッシェルは「世界の終わり」という曲を歌っていたけど、僕の中で新しいドアが開いて世界が始まった瞬間でもあった。

テレビを観た翌日には、同じモッズ仲間に「日本にもヤバいバンドがいる!」と熱弁を奮った気がするけど、奴らも同じ番組を観ていた気がする。でもとにかく非常階段で盛り上がった。

以後は新星堂でCDを買ったり、ミッシェルの1stアルバム『cult grass stars』や2ndシングル『キャンディ・ハウス』の販促用のポスターを店員から半ば強引にもらったり、雑誌の切り抜きを破って壁に貼ったりの生活が続いた。テレビ神奈川の音楽番組『ミュージックトマトJAPAN』でミッシェルが特集されたら必ずチェックしていたし、彼らの母校の中庭の芝生で座ったインタビューにて、バンドの由来を聞かれて「なんか、フランスの冷蔵庫から取った感じ」っていう解説を真に受けて「そうなんだ! さすがだな! ワケわかんねえな!」と感心したりと、どっぷりとミッシェルにハマっていった。

ミッシェルはモッズではなかったけど、鳴らす音楽のルーツに僕らと同じ趣向の「イギリス」を容易に感じ取れたし、アベフトシ(THEE MICHELLE GUN ELEPHANTのギタリスト)のテレキャスもギターの音もリズムも、チバのジャガー(ジャズマスター?)を抱いたルックスも当時の空気感をまとっていたから、そこはもう直感的に受け入れてしまっていた。

洋楽じゃわからなかった歌詞も、ミッシェルの歌詞は文学的だったし、意味のわかるようでわからないどこか異国めいたものを感じていた。モッズのことならけっこう知ってると思っていたけど、ミッシェルがスーツに開襟シャツで少しルーズに着こなしているのを見て「なんでタイトじゃないんだろう?」と生まれた疑問からイギリスのガレージバンドとパブロックのジャンルを知ることができた。ファッションの可能性と新しいロックを知り、この時点で僕にとってチバとミッシェルがようやく“現実世界で見つけた兄貴”になっていた。

ミッシェルの快進撃と、遠ざかっていった自分

そういえばこんなこともあった。下北沢の今はなきハイラインレコーズの店内にミッシェルのギタリストであるアベフトシが加入するきっかけと思われる「メンバー募集」の貼り紙(本当は知人の紹介)があってそれを拝みに行った帰りに、僕らモッズが御用達にしているスーツテーラー「洋服の並木」に寄って、でき上がったスーツを試着室で着ていると、新しい若めのお客さんが入ってきた。

並木のおやっさんに「名古屋から来たんですけど! ミッシェルみたいなスーツを作りたいです」と言って大興奮している声が聞こえてきた。そんなに有名になったんだなという驚きと喜びを感じたそのときに、偶然見つけたはずのミッシェルが知られてしまった!という喪失感が襲ってきた。そりゃあそもそもメジャーデビューしてるから誰にでも届くし、ロックキッズの琴線に触れまくって揺さぶるに決まってるから自分勝手なファン心理でしかないと今はわかるけど、当時の僕には大きな心の揺れだった。

メジャーデビュー以降のミッシェルの快進撃と話題は周知のとおり。作品でいえば3rdアルバム『Chicken Zombies』あたりから一流のロックバンドへと成長し、誰もが認める存在へとなった反面、世間の温度とは逆に僕の中でミッシェルへの関心が薄れていってしまった。

本来、ほかの人と趣味が被りたくないからモッズを自負していたのに、誰よりも新しいイットを見つけて愛でていたかったのに、しまいには「ミッシェル好きそうだよね」とか言われちゃったり、もう散々!という、コイツ絶対友達少ないだろうな&かわいそうだなコイツ状態に突入。素敵なものはみんなで共有した方がハッピーじゃん?って言う人間自体嫌い!というか、みんなが素敵だと思うものを素敵だと思わないから!の無限ループの未体験ゾーン。ミッシェルを嫌いになる前に、謎に距離を置こうと決めたのがこの時期だった。

チバとの再会

つまらない意地のために勝手に決めた状態であっても、心のどこかにはミッシェルを気にしている自分がいて、ちゃんと解散と聞いて寂しくなったり、アベが突然いなくなってしまって過去作に浸ってみたり、チバの次のバンド・ROSSOを聴かないでいたら、同じくチバに侵されている芸人の後輩に「なぜ聴かないのか」と問われたり、芸人カラオケライブ(なんだそれ)でチバの楽曲ばかり歌っているソイツと僕の姿などの、そのすべてを俯瞰で見たときに、距離を置いていることが無意味に感じてしまい、そのとき、もうThe Birthdayとしての活動を始めていたチバを再び追うことに決めた。

久しぶりにチバをよく見るとすっかりおじさんになっていて、ヒゲも白髪だし、肌も年輪刻んでいるし歌声も凄みを増しているし、あのころよりも僕もチバもお互い老けていることになんか自己肯定感も相まって愛おしくなった。

年齢と身の丈に合ったファッションもやっぱり影響されるし、大好きなハットやキャスケットをマネして使ってみたり、ヒゲを伸ばして似合わないから切ってみたり、15年ほどやめていたタバコを始めてみたりした。リミッターを解除したらこのザマ。僕も40代半ばに差しかかり、ある程度のモノの仕組みをわかってきたからこそ「チバは間違いない」と信じたら疑わなく、突き進んできた。

The Birthdayの楽曲も、前にも増してチバの優しさがあふれていた。曲はストレートでシンプルなロックになっているし、歌詞も文学的というよりも、心に直接伝わるストレートな表現になっている気がする。僕のマインドが素直になっているのかもしれないけど、とにかくそう感じる。

東日本大震災が起きて数年経っても、まだやりきれないムードが日本中を包み込んでるときに楽曲「抱きしめたい」でチバは言及してないけど寄り添ってくれたと僕らは受け取ったし、コロナ明けの一発目で観た豊洲のギグの1曲目が「青空」で、お前らの未来はきっと青空だからって言ってくれた。「誰かが」では言葉足らずなら、寄り添うだけでいいと人を救いたい側の気持ちまで代弁してくれた。これ以外にも本当に優しい歌がたくさんある

“限りなく続く”と思っていた

チバってどんな人?って聞かれたら、会ったことないけどこう言いたい。シャイで見た目怖くて、だらしなく見えてそうじゃなくて、タバコとビールばっか持ってて、革ジャンが好きで、写真もすげーいいの撮ってて、ガレージロックやってんのに湘南出身だし、インタビューでもすぐメンバーだけがわかることを小声で話してニヤニヤしてるし、テネシーローズがめちゃくちゃ似合ってて、チバモデルが数量限定すぎて店の店員が1本買ったら一般ユーザー誰も買えてないんじゃないかと思うのもそんなに作らなくていいよってチバ言ってそうだし、やっぱなんか怖いのにサングラスかけてるからやっぱ怖いし、バンドが好きだし、いまだに昔のイギリス音楽に心持ってかれたままだし、なによりとことん優しい

これを書いてるのは、チバが死んだニュースを聞いた翌日。なんか書かないとずっと嘘の世界にいるようなフワフワした感じになってしまうと思って書いてるけど、ここ数年やらせてもらっている音楽番組にチバを迎えるのが密かな夢で、ここに書いているようなことの半分でも伝えられたらいいなと思ってた。もっとチバの音楽を聴きたかったし、ギグを観たかった。

The Birthdayの楽曲「爪痕」でチバが歌っていたとおり、“限りなく続く”と思っていた。歌詞と違うのは、忘れてしまいたいなんてまったく思わないこと。アンタの残したこの爪痕は消えないわ! タバコとビールとチバユウスケは死ぬまでずっと持っていくわ!

僕をはじめ、いろんな人に多大な影響を与えたチバユウスケ、なんか置いてかれちゃった悪態でもついてやろうかと思ったけど、最後は本当に感謝しかない。ありがとう! そして、さよなら最終兵器!


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長嶋トモヒコ(ダーリンハニー)

(ナガシマ・トモヒコ)1977年生まれ、神奈川県出身。太田プロダクション所属。相方の吉川正洋とコントデュオ・ダーリンハニーを結成。イギリス文化・音楽に造詣が深い。また、趣味の革ジャン集めや純喫茶巡りなどで『アメトーーク!』にも出演。そのほかにも歴史、美術館巡り、歌舞伎観覧、モーターサイクルと多岐にわ..

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