タイムリミットの示す先をせつなく眺め続ける『平和の国の島崎へ』

2023.3.15
タイムリミットの示す先をせつなく眺め続ける『平和の国の島崎へ』

文=足立守正


2022年8月から『モーニング』(講談社)にて連載を開始し、3月23日には第2巻が発売される『平和の国の島崎へ』。原作は新人の濱田轟天、作画は『ハーン –草と鉄と羊–』『インビンシブル』の瀬下猛という、“日常”を舞台にした話題のアクション漫画だ。

今回は、とある“元戦闘員”の男が主人公の作品をレビューする。

※この記事は『クイック・ジャパン』vol.165掲載のコラムを転載したものです。

普通であることを纏う

高校のころ、科学系の部活では白衣が配られ、これが人気だった。演劇部は小道具として着たがるし、運動部は変なキャラに扮したプレイのために着たがる。俺も理由をつけて着た憶えがある。白衣は不思議なもので、毒物の害を防いだり、痕跡に気づくためのものだろうに、羽織るとなにやら、知性を纏う感じがあり、あれは初歩的なコスプレの幸福感だったのだろう。それとは逆に、普通であることを纏う行為もある。そこに、幸福は伴うのか。濱田轟天・瀬下猛の『平和の国の島崎へ』が描くのは、そんな人の話でもある。

国際テロ組織・LELの旅客機ハイジャックにより、日本人が拉致される事件が起きた30年後、いまだに勢力を持つLELの様子を報じる街中華のTV。その下で、店員にメニューを読み上げてもらう、漢字の読めない中年男がいる。そのカタコトぶりに、雑な差別を振りかざすヤカラが絡むのだが、いやだなあもう、とぐずる調子でするりと姿を消す。この男が、先の拉致事件の唯一の生存者の島崎慎吾。幼いころから工作員として教育されていたが、組織を脱走して帰国し、仲間のコミュニティに身を寄せているのだ。感情がないように見えて、趣味の絵をほめられれば照れてしまう、子供のような面も残っている。そんな島崎が、平和な日常に馴染もうと、コーヒーショップのエプロンを締める物語のはじまり。

瀬下猛のマンガは、作画が巧みな作家にありがちなデコレーションがなく、線が潔く省かれた気持ちいい画面。読者の眼差しの先っぽを掴んで引き込む展開も気持ちいい。そこへ闇のある題材を与える原作の濱田轟天は新人とのことだが、良い相性を感じる。島崎には、体幹といい、観察力といい、独自の正義感といい、瀬下猛の前作『インビンシブル』の主人公の、一癖あるラガーマン・原田の裏焼きのような印象もあったからだ。

穏やかな生活の中に、暴力の素質が詰まった愛すべき怪人が溶け込んでいる図は、池波正太郎の小説の藤枝梅安や秋山小兵衛のフォロワーを経て、最近のマンガなら『ザ・ファブル』や『バイオレンスアクション』といった秀作があるのに、まだこのジャンルに新しい風景があるのか。特筆すべきは、このマンガには時折タイムリミットが記されること。つまり、確実な終わりがある。それはどうやら、島崎が戦場へ戻るときのようだ。その意味も含め、まだまだ謎の含有量が多い走りたての作品だが、島崎のバランスの悪そうな変な立ち姿と所作を、せつなく眺め続けたいものだ。

『平和の国の島崎へ』

タイムリミットの示す先をせつなく眺め続ける『平和の国の島崎へ』
『平和の国の島崎へ』(1)

定価:748円(税込)

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足立守正

(あだち・もりまさ) マンガ愛好家。マンガを評するよりも戯れる姿勢で、雑文を書いたり、研究したりする者です。

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