「料理したくない」ときこそ作る。長谷川あかりのバズレシピが“極限状態”から生まれる理由

2026.8.26

文=西澤千央 撮影=大嶋千尋 編集=菅原史稀


調理過程で手の汚れないハンバーグ(「酒蒸しハンバーグ」)、5つの具材でできる八宝菜ならぬ「五宝菜」など、家庭料理の常識を覆すレシピでSNSを席巻している料理家・長谷川あかり。

普段自炊をしない人も、思わずトライしてしまいたくなるワクワク感とシンプルな工程・材料で構成される“あかりレシピ”は、いったいどうやって生まれるのか。本人に尋ねてみると「すごく疲れているとき」と、意外な答えが返ってきた。

※この記事は『Quick Japan』vol.185(長谷川あかり特集号)に掲載のインタビューを一部抜粋し転載したものです

※インタビュー抜粋記事の前編【なぜ“変な工程“がある? 長谷川あかりレシピ「信じてるぞ」×考察ブームの背景と、料理が嫌になったあのころ】は、こちらから!

【レシピカードデッキ付き限定版】『Quick Japan』vol.185 【通常版】『Quick Japan』vol.185

作る人が一番おいしいレシピを

長谷川あかり(はせがわ・あかり)1996年、埼玉県生まれ。子役タレントとして活躍し、大学では管理栄養士の資格を取得。2022年から料理家・管理栄養士に転身し、SNSやテレビ番組などで発信を続ける。著書に『クタクタな心と体をおいしく満たす いたわりごはん』( KADOKAWA)、『長谷川あかりDAILY RECIPE』シリーズ(扶桑社)など

──料理研究家と料理人の違いとは、どんなところにあると思われますか。

長谷川 軸が家庭料理にあるかないか、というのが大きいと思います。料理人にとって、料理に求める最大の価値はやっぱりおいしいことだと思います。料理研究家は、おいしいことはもちろん求められるんですが、そこだけがゴールでないこともたくさんある。すごくおいしくなるとわかっていても、「この材料を使うなら(レシピを)変えてください」と言われる仕事が料理家なんです。この調味料は一般家庭にないから使わずに作ってほしい、というオーダーが入る。

──実現可能かどうかが求められるのですね。レシピを考案されるとき、作りやすさについてはどれくらい考えていらっしゃいますか。

長谷川 すごく疲れているときに試作をすることが多いです。自分から見てダルいなと思うことは全部取ってあるし、やっていてかっこいいなと思うことは全部残っている。かなりわがままに作っているので、人によって合う合わないはけっこう出ますね。客観性よりも「私はこれを楽しいと思うから入れています。なぜなら」と説明できるものは多少めんどくさくても入れておくし、めんどくさいと思ったら全部切りますし。

──疲れているときにあえてレシピの試作をする。

長谷川 基本的にみんな、疲れているときに料理をすると思うので。一番「料理なんて作りたくない」という状況で、何ができるんだろう、どこまでできるんだろう、というのを試しているんです。逆に、疲れているからこそテンションが上がることもあるかもしれません。

──そうやってホビーである料理と家事である料理の間を自由に行き来できればできるほど、豊かになれる気がします。

長谷川  それって自分が望むものを適切に選択できている、ということですもんね。「選ばされている」んじゃなくて「選んでいる」と思える。それが多少の錯覚であっても、選んでいると思えることが大事。

──「あかり信じてるぞ」という言葉とともに、長谷川さんと一緒に作っているような気持ちになれる。

長谷川 「信じてるぞ」という言葉に乗っかることで、「いったい、どうなってしまうんだ」から「信じて作ったらおいしかった」というエンタメっぽさが味わえますし。伏線回収のようなもので、それがまた自分が能動的に料理を作ったと思わせてくれる実感につながるかもしれません。

──なるほど。

長谷川 だって「いただきます」からその料理に接する人よりも、「ここに入れたもずくってどうなっちゃうの? 大丈夫?」と思いながら料理した人のほうが、食べたときに「あ、効いてる!」ってなるじゃないですか。だから作った人が絶対に一番おいしく感じるはずなんです。キテレツなレシピは、作った本人が食べたときに一番感動する。食べた人にとっては「おいしかった」で終わってしまうことかもしれないけど、作った本人からしたら「これ実は塩だけなんですよ(ニヤリ)」となる。誰が一番うれしいかといえば自分自身。作った人が一番おいしく感じる料理になってほしいなと思います。

──長谷川さんの料理に自由を感じるのは、自分のために作っているという感覚があるからなんですね。長い間、女性たちは他者のケアに心を砕きすぎて、自分自身のケアをおろそかにしてきたのかもしれません。

「自分のためにこれをやったんだ」という満足感や「あのときに入れたもずくの効果は私にしかわからない」という喜びが新たな料理の楽しさを教えてくれるような気がします。人のために作る料理も楽しいですけど。

長谷川 楽しいですけど、人のために作ることを「自分が選択した」とちゃんと思えているかどうかが大事ですよね。

──2、3時間かけて作った料理を子供たちが一瞬で食べてしまうとき、謎の絶望感を覚えたりするんですよ。

長谷川 それ、すごくわかります。手間暇って人のためにかけるものというイメージがありますが、それを理解しているのは絶対に自分なんです。本来、手間暇をかけるべきは自分への料理であって、人に食べさせる料理は、手の込んだ味がしていれば別にいいと私は思います。そこは、一番自分がわかっているから。

──それこそ私と料理を遠ざけていた要因だったんだなと思います。相手が思ったような反応をしなかったときの怒りって、よく考えたら勝手に押しつけているだけなのに。「手の込んでいるふうに見える味のほうが他人にはいい」という気づきは、家事としての料理を始めたタイミングで得られたものなんですか。

長谷川 そうかもしれません。うちの夫も、そんなに手間暇のかかっていない料理のほうが好き。味が派手だったりするので。一方、手間暇をかけた料理はどんどんソリッドに、大人っぽくおしゃれなものになっていく。素材の味を引き出さなくても、上に味を乗せるような料理のほうが、食べる人にとってはいい場合があります。「誰のためにやっているんだろう」と思うと、これは自分のためだな、と気づく。人のためにかけていると言いながら、気づいてもらえなかったときにイライラするということは、絶対に自分のためにやっているということだから。

自分の主権を自分に取り戻す

──まさにセルフケア的な感覚。長年、料理が「いい女」像と密接に結びついてきた歴史もあり、なかなか「自分のため」と思えなかったという背景もありそうです。長谷川さんも、料理好きということが「モテ」と結びつけられた経験はありましたか。

長谷川 私はそういう文脈にあまり絡められることがなかったんですが、あると思いますし、なくなるのはもう少し先かなと思います。だって本当にモテると思うんですよ、人間的に。男女問わずモテる。ただ、それが「家庭的」というイメージに広がって、妻とか母とか役割の話になるのではなく、シンプルに「料理がうまい人はモテる」という単純な事実として、人類としての話として広がっていったらいいなと思います。

──たしかに! なぜか裁縫と料理はコンサバティブなものと結びつけられがちなんですよね。以前、手芸アーティストにインタビューしたとき、その方は自分の服は全部自分で作られていたんですが、それを話すと「すごく家庭的なんですね」と、保守的な人間であるかのように見られるんだそうです。でもその方は「自分の体に合っていない服を着ているほうがよっぽど生きづらい」と言っていて、なるほどと。

長谷川 それはありますね。私のYouTubeのコメント欄でも「奥さんにしたい」というようなコメントがたまぁにつきます。私と結婚したら大変だろうなと私は思うんですが(笑)。

──ちなみに長谷川さんと結婚するとどんなところが大変ですか?(笑)

長谷川 料理が好きだからといって、ほかのことが全部できるわけではないというか。掃除はできないな、とか。料理ひとつで「いい奥さん」に見えてしまうのが謎です。

──そういうところも、長谷川さんが変えていきたいもののひとつでしょうか。

長谷川 そうですね。そういうイメージも含めて、料理によってつらい気持ちになる人がひとりでも減ったらいいなと思っています。私はレシピや料理が比較的好きなほうだと思うので、それで嫌な思いをする人がいなくなったらいいな、と。

同時に、私がレシピを出すこと、こんなに世の中にレシピがたくさんあることによって「作らなければならない」という世の中の風潮を作ってしまっているのではないか、という居心地の悪さもあるんです。

よかれと思ってやっていることが、私のこのビジュアルで、この性別で、この年齢で、既婚、という属性込みで発信することで「料理上手な既婚女性」がよく見えすぎてしまう状況も嫌。ですので、丁寧な生活をしていると思わせる力のある「丁寧風簡単料理」を出したいと思っていて。

──丁寧風簡単料理!

長谷川 そもそも私の静止画とレシピの雰囲気だけで「丁寧な生活をよしとしているもの」に見えてしまいかねないと。それでしゃべり出したところがあります。常に「そんなことはない」と言い続けていかないと、「料理上手=良妻」のイメージが行きすぎてしまうし、それを見て嫌な思いをする人、追い詰められたような気持ちにさせられてしまう人が出てくるかもしれない。そういう罪悪感のようなものが、自分に対してもかなりあるので、そこを少しずつ改善していきたい。

──レシピだけでなく、レシピに込められた思いも伝えていきたい。長谷川さんのレシピが世の中に浸透して、作る人が増えていくことで、どんなふうに社会が変わっていったらいいなと考えていますか。

長谷川 今っていろんな情報が飛び交ってしまうがゆえに、自分の実生活と離れたところの思考や不安がどんどん脳に入り込んできてしまうじゃないですか。それを1日1回、料理をする機会をその浄化作業として取り入れることによって、心地よく生きていける人が増えたらいいなと思っています。作業療法的な料理の価値を、家庭料理をする意義の中でもう少し意味づけしていけたらいいなって。

──ご自身が料理に救われたように。

長谷川 もうひとつは、もう少し概念として大きい話になるのですが……自分の主権が自分にないことが、すごくつらかった時期がありました。オーディションで人にジャッジされ、自分は要らない人間なんだと思っていた時期。自分のことなのに自分で決められない、自分の価値を自分で理解できない、まわりの評価で「私はダメな人間だから」となってしまうのが、非常に健康的ではなかった。

自分が自分のことを選択できる、感情も含めて。前向きに生きるための小さな選択のひとつが、実は毎日の料理なんです。今日何を食べるか、今日何を作るか。自分の主権を自分に取り戻す作業を、料理を通してすることができるから。社会的にそうさせられている、しなくてはならない状況がつらい、そう考えている人が少しずつ減っていったらいいなと思っています。

※インタビュー抜粋記事の前編【長谷川あかりレシピはなぜ“変な工程”があるのか。「信じてるぞ」の背景にある考察ブームと、料理が嫌になったあのころ】は、こちらから!

【大募集】『長谷川あかりエッセイ大賞』開催! 本人が選出、入選作には寸評コメント&賞品も
“あなたとあかりレシピ”について自由に綴ったエッセイをご応募ください。
募集期間:2026年8月1日(土)〜8月31日(月)

『長谷川あかりエッセイ大賞』とは?

計1万2000字のソロインタビュー全編は本誌で!

『Quick Japan』vol.185 表紙/撮影=長島有里枝

2026年8月25日(火)発売
サイズ:A5/並製/144ページ
予価:1,650円(税込)
※内容は予告なく変更する場合があります

コンテンツ内容
長谷川あかりロングインタビュー
SP対談:×脚本家・野木亜紀子、×俳優・黒木華
寄稿企画:谷口菜津子(マンガ)、絶対に終電を逃さない女(エッセイ)、男性ブランコ・平井まさあき(エッセイ)

「長谷川あかりレシピカードデッキ」付きセットをQJストア限定販売!

『Quick Japan』公式ECサイト「QJストア」では、本誌と特製「長谷川あかりレシピカードデッキ」(32枚入り)のセット版を販売。

カードには長谷川あかりのレシピ(全32品)を収録。「何が食べたいか」ではなく、「今日は休みたい」、「寄り道したい」、「少し挑戦したい」といったその日の気分を入口に、思いがけない「今日のひと皿」と出会えるレシピデッキとなっている。

カードをシャッフルして引き、そのときの自分にしっくりくる1枚を探していく。最初に引いたカードを必ず受け入れる必要はなく、気になるカードが見つかるまで何度引き直してもOK。
※「長谷川あかりレシピカードデッキ」のデザインは近日公開予定

〈遊び方〉
STEP1:カードをよくシャッフルする。
STEP2:適当にカードを引く。
STEP3:表面に書かれた「気分」と料理写真を眺める。
STEP4:もしピンとこなければ、もう1枚引いてみる。気になるカードが見つかるまで、何度引き直してもOK。
STEP5:「これかも」と思うカードが見つかったら裏返す。その日の気分に寄り添うレシピが現れる。

【レシピカードデッキ付限定版】『Quick Japan』vol.185 【通常版】『Quick Japan』vol.185

発売記念サイン本お渡し会の実施決定!

9月5日(土)には、青山ブックセンターで長谷川あかりによるサイン本のお渡し会も実施決定。詳細は会場の公式ページをチェック。

■日時:2026年9月5日(土)
※6部制で行います(14:00/14:15/14:40/15:00/15:25/15:40)
■会場:青山ブックセンター本店 店内・大教室
■定員:350名様

参加お申し込み・詳細をチェックする

この記事の画像(全5枚)


この記事が掲載されているカテゴリ

Written by

西澤千央

(にしざわ・ちひろ)1976年生まれ。神奈川県出身。実家の飲み屋手伝い→ライター。『クイック・ジャパン』(太田出版)や『文春オンライン』、『GINZA』(マガジンハウス)などで執筆。ベイスターズとねこと酒が好き。