「子供を作るのはダサい」大手メディア男性記者、離婚前の価値観が180度変わるまで【#02前編/ぼくたち、親になる】

文=稲田豊史 イラスト=ヤギワタル 編集=高橋千里


子を持つ男親に、親になったことによる生活・自意識・人生観の変化を、匿名で赤裸々に独白してもらうルポルタージュ連載「ぼくたち、親になる」。聞き手は、離婚男性の匿名インタビュー集『ぼくたちの離婚』(角川新書)の著者であり、自身にも一昨年子供が誕生したという稲田豊史氏。
第2回は、ビジネス系大手メディアの記者として働く40代男性。離婚を経験し、再婚して育児をする中で、子供を作る・育てることへの価値観が大きく変わったという。

井戸善行さん(仮名、44歳)は、2度目の結婚でふたりの子を授かった。いずれも体外受精で、一男一女、現在は5歳と2歳。

住まいはいわゆる「都心5区」のタワマン。夫婦は共働きで、子供はふたりとも0歳から保育園に預けている。なお、井戸さんと前妻との間に子供はない。

井戸さんはビジネス系大手メディアの記者だ。30〜50代のビジネスマンなら、そのメディア名を聞いて知らぬ者はいないだろう。話を聞いているうち、筆者が記憶に残っている過去のバズり記事の何本かを井戸さんが手がけていたことが判明した。

井戸さんの印象をひと言でいうなら「切れ者」だ。少し雑談しただけで、膨大な読書量と情報収集量がうかがい知れる。ビジネスだけでなくカルチャー、人文系の知識や見識も厚い。つまり教養がある。

ただ、やや断定的で淀みなく自信に満ちた口調は、人によっては「圧が強くて苦手」という印象を抱くかもしれない。もし彼がジャーナリストとして独立し、「論客」にでもなれば、味方と同じくらい敵を作るに違いない。そんな余計なことまで想像してしまった。

井戸さんは開口一番に言った。「20代のころ、子供を作るのはダサいと思っていた」。その考えはいつ、どのようにして変わったのか。

※以下、井戸さんの語り

子供を作るのは「エゴ」

1度目の結婚は20代でしたが、当時は「子供を作るのはダサい」と思っていました。エゴだと感じていたからです。

だって、子供の人生に責任なんて取れないでしょ? なのに作るなんて、自分勝手じゃないですか。成長して人殺しになっちゃったら困りますし。そんなことまで背負えない。

人殺しだなんて極端過ぎると思われるかもしれませんが、当時はそこまで考えていました。自分の子がどう育つかなんてわからないし、制御できない。そもそも親とは別人格の他人なんだから、制御できると思うこと自体、傲慢です。

にもかかわらず、世の中には、自分の子にはこうなってほしい、こういう仕事に就いてほしい、なんなら孫が欲しいなんて言い出す人がいる。そんなの自己愛でしかない。当時はそういう人を「気持ち悪い」とすら思っていました。

要は、皆、流されてるんだとバカにしていたんです。結婚したら子供を作るもの。なんとなくそれがいい。深く考えず、みんながそうしているから、そうしている。

子供を作るなんて何がおもしろいんだろう、そこまでの価値があるのかなって、当時は純粋に疑問でした。

我が子が人殺しになったとしても「しょうがない」

だけど、1度目の結婚が破綻したあと、子供を作るのは生きていく上で実は重要なんじゃないかと思うようになりました。理由は大きくふたつ。

ひとつは、僕の妹の変化です。妹は昔から、人間的にすごくつまんない奴だったんですけど、子供ができて子育てするようになったら、人間としての魅力がぐっと増したんです。

もうひとつは、言うのも恥ずかしいですが、今の妻を愛しているから。愛しているから、もし子供が人殺しになったとしても「しょうがない」と思えるようになった。「しょうがない」と思えるような相手と結婚できた、ともいえます。

※画像はイメージです

前の妻を愛していなかったわけではありません。でも、子供が人殺しになっても「しょうがない」と思える相手ではなかったのは確かです。もし「しょうがない」と思えることが愛だというなら、前の妻のことは「愛していなかった」んでしょう。

前の妻と結婚していた20代のころは、頭を使って考え過ぎだったと思います。離婚して30代も半ばを過ぎ、ようやく現実と向き合うようになりました。今では、若いうちから子供を作って育てている人のことを、心からすごいと思います。

自分の時間が激減しても、喪失感はまったくない

我が家のオペレーションを軽く説明すると、子供ふたりの保育園の送り迎えは妻の担当で、妻がどうしても行けないときは僕。妻もリモートワークOKの会社なので、平日の日中にふたりとも家にいるときは、一緒に外へ昼食を食べに出ます。

夕食作りは妻担当で18時ごろ。子供ふたりに食べさせるのは大変なので、僕は極力、夕食の時間には家にいるようにしています。洗濯は僕が担当で、洗濯機を回して、乾燥機で乾かして、たたむまで。

僕も妻も、子供が寝たあとの21時くらいから23〜24時まで仕事をしていることが多いですね。

先日、妻がかなり深夜まで仕事をしていたので「健康上やめたほうがいい」と言ったら、結婚後初めて妻が僕に怒りました。あなたは自由に仕事してるのに、私だけ制限してずるいと。

もっともです。反省して、月曜日の夕食作りだけは僕の担当にしました。献立を考えるところからです。

当然ですが、子供が生まれる前に比べて自分に使える時間は激減しました。こんなにも夜に出かけられないんだというのは正直想定外でしたし、好きな映画も全然観られなくなりました。

結婚して子供ができたことでインプット時間が減り、仕事に支障が出る──という人がいるじゃないですか(※筆者注:本連載#1のケースが該当する)。

知り合いの作家さんの中にも、「子供ができてから数年間、本をまったく読めなかった」という方がいます。確かに僕もインプットは減ったと思います。

だけど、喪失感はまったくないんです。だって、子供を育てるのはすごくおもしろいから。

特に4歳くらいまではめちゃくちゃいい時期です。子供が文字どおり日々進化する。できることや語彙が、毎週・毎日のように増えていく。

僕がリモートワークの許される職場でよかったですよ。毎日会社に行っていたら、このおもしろさが感じられない。あまりにもったいない。

それに子供と触れ合っていると、自分が育ってきた「舞台裏」を見ている気になるんです。

たとえばクリスマス。子供がサンタ宛てに「プレゼントに何が欲しいか」の手紙を出すんですよ。親が代筆して。で、イブの夜、子供が寝てる部屋にそーっと入ってプレゼントを置いて、そーっと出る。

※画像はイメージです

翌朝、子供の部屋から歓喜の声が聞こえるんですよ。「うわーーーーー」って。これが最高にエモい。ああ、親視点だとこういうことだったんだ、って。数十年ぶりの答え合わせみたいなもの。

子供ができてから生活の変化は避けられないし、そんなこと以上に、引き換えとして得るもののほうが多かった。喪失感がないというのは、そういう意味です。

「子供を思いどおりに育てようとする人」はバカ

ただ、「子供は親とは別人格の他人」という考え方は変わっていません。

親が子供の世界にいられるのは、いいとこ8歳、9歳まで。それ以降は外の友達同士で作る「あっちの世界」の住人になってしまう。これは、親には止められない。

子供はいつか親から離れていくし、目の前からいなくなる。制御はできません。やっぱり別人格の他人なんです。

だから僕は、子供が将来どんな仕事に就こうが一向に構わないし、もし人を殺しちゃったら殺しちゃったで「ごめんなさい」としか思わない。

そういう意味で僕は、子供を愛してはいるけど、過剰な期待はしていません。夫婦が共同生活をしていく中での“スパイス”くらいに考えています。「そういうのがあってもおもしろいんじゃないか」程度。

※画像はイメージです

だから、親に向いていない人というのが明確にいる、と思うようになりました。

たとえば、自己愛で子供を育てている人。あるいは、自分のコンプレックスを子供の人生で解消しようとする人。自分が就けなかった職業に就かせようとしたり、行けなかった学校に行かせようとしたり。

子供にたんまり時間やお金をつぎ込んだのだからと、思いどおりに育たなくて苛立ったり、いつまでも子離れできない人がいるじゃないですか。

彼ら、彼女らは、子供を育てるということについての理解がないまま、子供を作っちゃった。正直、バカなんじゃないかと思います。

いいとこ10年、15年くらいおもしろいってだけですよ。子育てなんて。

記事後編:「子供がいない人は問題がある」?

【連載「ぼくたち、親になる」】
子を持つ男親に、親になったことによる生活・自意識・人生観の変化を匿名で赤裸々に語ってもらう、独白形式のルポルタージュ。どんな語りも遮らず、価値判断を排し、傾聴に徹し、男親たちの言葉にとことん向き合うことでそのメンタリティを掘り下げ、分断の本質を探る。ここで明かされる「ものすごい本音」の数々は、けっして特別で極端な声ではない(かもしれない)。
▼本連載を通して描きたいこと:この匿名取材の果てには、何が待っているのか?

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稲田豊史

(いなだ・とよし)1974年愛知県生まれ。ライター・コラムニスト・編集者。映画配給会社、出版社を経て、2013年に独立。著書に『映画を早送りで観る人たち ファスト映画・ネタバレ──コンテンツ消費の現在形』(光文社新書)、『ぼくたちの離婚』(角川新書)、『ポテトチップスと日本人 人生に寄り添う国民食の..

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