「アイドル業界のパワハラ問題」なぜ起きる?“推し”のために今、私たちができること

文=竹中夏海 構成=ちゃんめい 編集=高橋千里


2023年に入り、乃木坂46メンバーのパワハラ告発、ジャニー喜多川氏の性加害疑惑など、アイドル業界でハラスメントの告発・問題提起が相次いでいる。そもそもなぜハラスメントは起きてしまうのか? その根底には“先生”と呼ばれる存在の危うさ、そして無自覚の脅威性があるのではないかと、振付師・竹中夏海氏は指摘する。

「告発しなきゃ変えられない」そこから見えてきた切実な事情

先日、乃木坂46の人気メンバーがラジオの生放送で演出家のパワハラ疑惑を告発し、業界内外に大きな波紋を広げた。

このニュースが飛び込んできたとき私が一番切実に感じたのは、「告発しなければ現状を変えられない」というところまで彼女が追い込まれてしまったであろう点だった。

もしも所属タレントとマネジメントの間にしっかりとした信頼関係が構築されていたのなら、まずはそちらに相談するなど、告発以外の手段がいくらでもあったはずなのだ。

「本人の口から」、「生放送で」訴えなければ、状況が変わらないと思わせてしまった環境こそが、今回の重要な問題点なのではと思う。

収録ブース
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一方でこの件は、振付師としてアイドル業界に身を置くものとして、“先生”と呼ばれる立場の人間の危うさを痛感した出来事でもあった。

“先生”と呼ばれる存在の危うさ

前出の一件と同じころに、別のご当地アイドルグループ関係者のとあるツイートが目に入った。

彼女たちに対面で教えられるボイストレーナーを探していたところ、縁あって地元で活動している男性講師に頼むことになったのだそう。だが、すぐに雲行きは怪しくなる。

その講師は初回のレッスン後からメンバーをお茶に誘い出したのだという。しかもレッスン中は「プロ意識を持て」と指導したという、特大ブーメランつきで……。

メンバーがすぐに運営に報告したことで事態は明るみになり(報告できる関係性だったことも幸いだった)、結局その講師はすぐに解任となった。

絵のモデル
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こうした男性講師の不義は残念ながらたびたび耳にするが、メンバーと同性ならばハラスメント行為がまったくないというわけではない。

ある女性指導者は、個人的な好き嫌いでメンバーの立ち位置を客席から見えない位置に変えたり、本来のレッスン時間をすべて説教に充てるなど、明らかに指導の適正範囲を超えた行動を取ると聞いたことがある。適応障害を発症するメンバーがあとを絶たない、という痛ましい状況も耳にした。

だが、被害者であるはずのアイドルたちは皆、最後に決まってこう言うのだ。「でも、本当にすごい先生だし、作品は好きなんですけどね」。

それを聞いたときの気持ちは、BBCが取材したジャニー喜多川氏による性加害の、被害者たちによるコメントを見た際のあのやるせなさに近い。顔や本名を出してまで被害について告白しているのに、「人としては好き」と主張する。それらは「明らかなグルーミング行為だ」と番組内で指摘もされていた。

“グルーミング行為”とは本来、子供への性犯罪において、犯人が巧みに被害者の心を掴んで接近する準備行為だといわれている。

しかし性加害でなくとも、芸能界、特に未成年や学生を多く擁するアイドル界では、こうしたグルーミングに近い行為が頻発しているように感じる。

夢や目標は人質になりやすい。志を持ったアイドルほど、“先生”に弱みを握られている状態だといってもいいと思う。

作曲家、作詞家、演出家、振付師、ボイストレーナー……どのポジションの大人に対しても「この人に気に入ってもらえたら自分の夢が叶えられるのかもしれない」と淡い期待を抱くのは無理もない話だ。

スタンドマイク
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そして、「先生」と呼ばれるポジションの人間がそんな生徒の夢につけ込んだとき……本人や周囲も気づかないまま取り込まれ、加害が長期化することもあるのだ。

こうした対等とはいえない歪な関係や、存在の危うさを実感するたびに私は思う。「『先生』って、なんなのだろう」と。

“先生”は、存在するだけで脅威を与える可能性がある

同業者批判をしたいわけではない。かくいう私も振付師として“先生”と呼ばれる側の人間だ。この原稿を書いている今も、自戒を込めずにはいられない。もしかしたら自分だって、知らず知らずのうちに加害者になっていた可能性はある。

そんな私が年齢を重ねるごとに実感するのは、「存在するだけで脅威を与える可能性がある」ということだ。

女性二人組
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振付師として活動を始めたのは20代半ばだった。当時から指導していたのは中高生の子たちだったから、年齢差がさほどない状況だった。どちらかといえば先生と生徒というよりも、姉妹のような関係性だったように思う。

だが、私がキャリアを積んでいくごとに、教え子たちとは当然ながらどんどん年齢が離れていき、今では自分の姪っ子、ともすれば娘ともいえる年代の生徒を抱えている。

だがどんなに大切でかわいがっていたとしても、親しくなっても、彼女たちは私の子供ではない。

同性でも、キャリアや年齢差があるだけで……対等にはなり得ない、ということを「先生側が」意識しなければならないのだと思う。

これはなにもアイドル業界に限った話ではない。女性の場合、フィジカル的にも物理的にも敵わない男性相手であるならばなおさらだ。

なぜ“先生”は立場に溺れてしまうのか

そもそもなぜ“先生”と呼ばれる立場の人間は、自分の脅威性になかなか気づけないのか。どうしてその立場に溺れてしまうのだろうか。

その背景には、メディアが煽動してきた「怖い先生像」、そして「業界のガラパゴス化」が大きく影響しているように思う。

リモコン
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思い出してみてほしい。今までテレビで放送されてきたアイドルのドキュメンタリーやオーディション番組での“先生”たちの姿を。

大声で怒鳴ったり、長時間立たせて叱責したり、強い態度で萎縮させたり……私たちは幾度となく芸能界の「厳し過ぎる先生」を目にしてきた。

しかし、私自身もテレビのオーディション番組で審査員を務める機会が増えてわかったことだが、「とにかく厳しめにやっちゃってください」などと演出が入ることはとても多い(私はできる限りそうした声を無視してきたが)。

もしかしたら、我々が見てきたあの恐ろしく厳しい先生たちは、その期待に応えようとした結果生まれた可能性がある。

ある有名振付師の方の著作で「(テレビ番組で)前後の流れを無視して緊張感のあるシーンだけ切り取られてしまった」という内容を見かけたこともある。

そういった「怖い先生像」を見てきた下の世代が今実際に“先生”となり、それをあるべき姿だと信じているのであればとても危ういことだと思う。

また、一般企業においては、パワーハラスメントの再発防止策として研修・講習会が積極的に行われるようになってきたが、芸能界ではそういった制度が整っていない。そんな「業界のガラパゴス化」も大きな課題だと思う。

さらにいえば、芸能界における“先生と生徒”は“上司と部下”ではなく、どちらかといえば生徒はクライアントにあたる。それによって生じる「お願いされている」という感覚も、先生という立場に溺れてしまいやすい要因のひとつなのかもしれない。

ファンが“推し”のためにできること

ちなみに、「アイドル業界のパワハラ問題」が明るみになるたびに、私のSNSにはこんなメッセージが数多く届く。「ファンは推しのために何ができますか?」と。

スマホを操作する人2
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まず真っ先に心がけるべきは、けっしてセカンドレイプ(二次加害)に加担しないこと、そしてそれを許さないことではないだろうか。

勇気を持って公表した人が、被害者であるにもかかわらず、第三者から心ない言葉を浴びせられたり、矛先を向けられるというのは絶対にあってはならない。

そして忘れたくないのが、「人はルールよりもムードに弱い」ということ。

もし公表された問題に対して事務所や運営がうやむやにしたり、そのままやり過ごそうとした際には、きちんと説明がなされるまでけっして許さないことはとても大切だ。ひとりでは微力だとしても、連帯すれば必ずそれはいつか空気感になる。

「ムード作り」は、ファンが推しの労働環境を改善させるためにすぐに取りかかれる、数少ない貴重な手段ではないだろうか。

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竹中夏海

日本女子体育大学ダンス学科卒業後、2009年に振付師としてデビュー。その後、さまざまなアーティスト、広告、番組にて振付を担当。コメンテーターとして番組出演、書籍も出版。著書『アイドル保健体育』 (CDジャーナルムック)は「令和の保健体育の教科書」としても注目されている。

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