新卒時代の理不尽なパワハラ。「若い女」の役割をまっとうできず罵倒された日々のこと

2023.4.24

文=ひらりさ


文筆家・ひらりさが執筆した、自身の実体験をもとに女を取り巻くラベルを見つめ直すエッセイ『それでも女をやっていく』(ワニブックス)が2023年2月に発売された。

『それでも女をやっていく』(ワニブックス)

本書の発売を記念して、同書に掲載されているエッセイ「代わりの女」を特別に公開する。

代わりの女

これは告発ではない。この文章に実名は出てこない。でもわたしの歴史を振り返るとき、このことを書く必要があると思った。もう10年近く経つけれど、今この文章を必要とする人がどこかにいるかもしれない、とも。

新卒で編集者になった。憧れていた職業だったけれど、30歳までに死ぬと思うようになった。耐えられて、30歳じゃないかと思ったのだ。だって、あまりにも疲れて、ボロボロで、自分の存在に価値を感じられなかったから。職場で、価値がないと言い続けられていたから。展望がなかったから。

つらかった頃の記憶は曖昧で、現実よりも、当時よく見ていた悪夢の内容のほうを頻繁に思い出す。わたしは夜道を急ぎ走っている。両手を軽く重ねて胸の前に掲げながら走っている。口から歯がぽろぽろとこぼれ落ちていて、それを受け止めるのに必死なのだ。やがて背の高いマンションが現れる。エントランスを抜けたわたしはエレベーターに乗る。左手は相変わらず歯を受け止めながら、右手で4階のフロアボタンを押す。どうやら自分の部屋に帰ろうとしているらしい。しかしエレベーターは4階で止まらずに最上階まで行き、また下に戻ってしまう。わたしは何度もボタンを押し続けるが、同じ現象が繰り返される。その間も歯がぽろ、ぽろ、と抜け続け、ついに手からこぼれ落ちようとした瞬間、目が覚める。

“好き”を仕事にできるまで

ラッシュ時間帯の駅のホーム
※写真はイメージです

自分が編集者になるとは、あまり予想していなかった。興味はあった。本は好きだし、大学では学生新聞団体に所属した。出版社や新聞社の説明会にも、一応足を運んだ。でも採用担当者が「うちは応援団のOBが来るルートができていて」と悪びれもせず言うのを聞いたり、内定者から「就活で語れるエピソードを作るために夏休みは子ども電話相談室でバイトして」などと言われたりすると、くらくらした。何かに耐え抜いてコネクションをつかみとるか、ありったけの知恵を絞ってユニークさをアピールしなければ、くぐることができない狭き門。ただ好きなだけじゃだめなのだ。

それなら“好き”は趣味のままにして、もっとわかりやすいルールでのし上がり、お金を稼げる業界のほうが、わたしには向いているんじゃないか? そうして、法科大学院に入り弁護士を目指すと決めたのだが、予備校の雑居ビルで模試を受けている最中に、東日本大震災が起きた。明日死ぬならやりたいことはこれではないと思った。迷いに迷って大学四年の冬、結局進路を変えた。Twitterで発信している編集者にDMを送ったり、大手出版社の前で出てきた社員に声をかけて仕事の話を聞かせてもらったりと、その時点で考えつく就活をしまくった。

スマホを操作する人1
※画像はイメージです

留年して一学年下の学生たちといっしょの選考に参加しようと思っていたのだが、予想外のことが起きた。情報収集のためコンタクトをとった会社から、4月から正社員として採用したいという提案をもらったのだ。ウェブメディアを準備中のスタートアップ企業だった。履歴書を持っていたわけでもない即日のオファーに、正直不安はあった。

自分が特集担当を務めた学生新聞のバックナンバーを持参していたので、それと学歴でアリだと思われたようだ。この、新しいメディアの構想を熱心に語る、実績豊富な人がわたしを評価したのだから、きっと大丈夫だろう。わたしも、“好き”を仕事にできるのだ。その時点で一社すでに次年度の内定をもらっている出版社があったのだが、考えたすえ、その会社に入ることにした。型通りの選考よりも、わたし個人を評価していると言ってもらえた気がしていた。

理不尽と罵倒に耐える日々

得られたものはたくさんあった。でも、引き換えに失ったもののほうが多いと思う。

考えが甘かったのだ、どちら側も。わたしはゼロからメディアビジネスを立ち上げることの意味を甘く見ていたし、起業する前は大企業で長らく優秀な人材に恵まれて仕事をしてきたその人は人材採用・育成というものを甘く見ていた。

怒鳴る男性
※写真はイメージです

とにかく怒られ続け、とにかく謝り続けた。出社すれば身嗜みがなっていないと怒られ、取材に行けば足音がうるさいコーヒーの淹れ方がなってない電車の乗り換えで俺に1分も無駄にさせるなと怒られ、訪問先でコーヒーではなく紅茶を頼んだという理由で怒られ、お酒が飲めなかった当時飲み会で一人だけロイヤルミルクティーを頼んだのも空気が読めないと怒られ、半年後に月給を5万円下げられた。当時のわたしは乳液と化粧水の違いも髪の毛のブローの仕方もわかっていないいきものではあったので、相手の言い分もわかりはする。しかし苛烈な言葉で怒られるほど萎縮し、焦って失敗していたのも事実だ。

「ブスを放置しているのは電車の中のくせー浮浪者と同じ」

そう書かれたメールは手元に残っている。10年経っても読み返すのに勇気が要ったし、ここに書くのも手がふるえた。23歳のわたしは「性格も見た目もブスな状態になっているせいで、ご迷惑をおかけして申し訳ありません」と返信していた。その資格がないのに“好き”に手をのばした代償を支払っているのだと思った。

理不尽だ、さすがに言い過ぎだと感じることは多々あったが、「パワハラ」も「セクハラ」も、わたしが使う権利がある言葉だとは思っていなかった。それは最低限度の仕事ができる人に許される反論だと思い込んでいた。企画力があるわけでも編集力があるわけでもない新人が「編集者」という肩書を名乗るための最大限の努力を、わたしはしなければならなかったが、うまくできていないようだった。平均的な新卒編集者、狭き門をくぐり抜けるだけの要領のよさを学生時代に身につけていた人々に比べて、飲み込みは遅かったはずだ。正式入社の前に、コーヒーの淹れ方でもテストされていたら、お互い不幸にならなかったかもしれない。それでも、ある日彼のかつての部下がオフィスにやってきたあと、その、わたしより10歳は年上の男性と比べて仕事ができないと叱咤されたときには、絶句した。お前の金と人望で今雇えるのはわたし止まりなんでしょうが、と喉から出かけたが、「ご迷惑かけて申し訳ないです」と平謝りした。

悩む女性 孤独
※画像はイメージです

だから2年目の春、彼がわたしと同い年の彼女を連れてきたときには、逆に清々しい気持ちになった。

「お前よりうまくおじさん転がせそうな子探してきたから」

同じ金額で雇える上位互換が見つかったなら、わたしが彼の立場だって同じ決断をするだろう。著者に声をかけ連載を形にして毎日必死に記事を世に送り出し、1年前よりはだいぶマシになっていたが、それでも足音はうるさいしヘアケアは我流で生乾きのことがまだあったしコーヒーを淹れるのも依然として下手だった。「おじさんを転がす」というのが結局どういうことかも、わからないままだった。もはやわたしも彼もそれは諦めていた。「女」ではなく「サル」くらいの目で見られるようになってからのほうが気楽ではあった。わたしは使い走りの道化的なマインドで、とにかく一生懸命さはアピールし、嘲笑を甘受した。とはいえサルを雇う余裕があれば、人間を雇いたいのは当然だろう。

「彼女を雇う意味わかってるよね? 試用期間中は猶予を与えるから、今後の身のふり方を考えておけよ」

彼はぴったり3ヶ月後の日付のGoogleカレンダーに「面談」と入れ、二人用の会議室を押さえた。

彼女はサイゼリヤの壁にかけられた西洋画の中で存在感を放つ、横を向いた天使にちょっとだけ似ていた。ゆるやかな栗毛をポニーテールにまとめ、林檎みたいな赤みの差したあどけない頬をしていた。東証一部上場のIT企業で営業職をしていて、友人づてで、彼と知り合ったのだという。たくさん罵倒されてボロ雑巾のような顔をしているわたしと違い少女然としていて、同じ年には見えなかった。会った瞬間、「この子のことは嫌いになれないな」「こんな子がいたらみんな毎日機嫌よく働けるだろうな」とわたしも思った。

でも、少しだけ気になることがあった。

「あの、口元がちょっと汚れてるかも」

オフィスにあった鏡の前に誘導してその箇所を示すと彼女は、「ああ! さっき外苑前のサンマルクカフェでチョコクロを買って食べながら来たんです〜」とニコニコしたまま、口元についたチョコとパンくずを手でぬぐった。

エッセイ「代わりの女」、続きは5月8日に掲載予定

※『それでも女をやっていく』「代わりの女」より

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  • 【幻冬舎大学 5月13日オンライン開催】鈴木綾×ひらりさ「それでも日本で生きていく? 日本脱出とフェミニズムの可能性

    日本で女性に強いられる生きづらさの原因を見つめ直し、自分が納得できる人生をいかに模索するかを、ふたりが自身の経験と共に語るトークイベント。

    <日時>
    2023年5月13日(土)19時~21時

    <参加料>
    ◆幻冬舎plusでチケットご購入の場合 オンライン参加/アーカイブ視聴:1,650円(税込)
    ◆Peatixでチケットご購入の場合 オンライン参加/アーカイブ視聴:1,850円(税込)

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  • 『それでも女をやっていく』(ワニブックス)

    著者:ひらりさ
    定価:1,540円(税込)
    発売日:2023年2月6日

    女らしさへの抵抗、外見コンプレックス、恋愛のこじらせ、BLに逃避した日々、セクハラ・パワハラに耐えた経験、フェミニズムとの出会い──。実体験をもとに女を取り巻くラベルを見つめ直す渾身のエッセイ!

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ひらりさ

ライター・編集者。1989年、東京都生まれ。女性、お金、消費、オタク文化などのテーマで取材・執筆をしている。女性4人によるユニット「劇団雌猫」名義での共同編著に、『浪費図鑑 ―悪友たちのないしょ話―』(小学館)、『だから私はメイクする』(柏書房)など。

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