『エルピス』第5話、“実在の複数の事件から着想を得たフィクション”から考える後半戦

(5話より)写真提供=カンテレ

文=木俣 冬 編集=岩嵜修平


テレビ局を舞台に、スキャンダルによって落ち目となったアナウンサーと深夜番組の若手ディレクターたちが連続殺人事件の冤罪疑惑を追う渡辺あや脚本のドラマ 『エルピス —希望、あるいは災い—』(カンテレ)。
第4話で浅川と岸本は調査を継続するが、時を同じくして松本死刑囚の再審請求が棄却され──
今回は、ライターの木俣冬が、第5話のあらすじや見どころをレビューする。

ひどい殺人事件としし座流星群

廊下で話す浅川恵那(長澤まさみ)と岸本拓朗(眞栄田郷敦)(5話より)写真提供=カンテレ
廊下で話す浅川恵那(長澤まさみ)と岸本拓朗(眞栄田郷敦)(5話より)写真提供=カンテレ

犯罪ドラマは綺羅星のごとく作られているけれど、いまだかつてこんなにも清らかな作品があっただろうか。ひどい殺人事件のあった日に、空からしし座流星群が降り注いでいた。『エルピス —希望、あるいは災い—』 のタイトルどおり神話のような物語が生まれかかっている。それは浅川恵那(長澤まさみ)と岸本拓朗(眞栄田郷敦)、ふたりの出逢いから始まった。

浅川は恋愛スキャンダルによって花形報道アナウンサーの座を降りることになり、深夜情報番組『フライデーボンボン』のコーナーMCを担当している。岸本はさほどの苦労もなく一流テレビ局に入社し、同番組のディレクターをやっていた。ヘアメイク・チェリーこと大山さくら(三浦透子)に頼まれて、八尾頭山連続殺人事件の犯人として服役中で死刑を待つばかりの松本良夫(片岡正二郎)の冤罪を証明するために調査報道を始めた。

5話あらすじ: がむしゃらに掴み取った真実が岩を動かす

岸本は、第4話の終盤にチーフプロデューサー・村井喬一(岡部たかし)に問い詰められて、心の奥底に沈めていた過去の悔恨に向き合ったのち、第5話では、すっかりやさぐれて無精髭を生やし、自転車を買って、たったひとりで八頭尾山連続殺人事件の調査を始めた。

調査をつづける岸本拓朗(眞栄田郷敦)(5話より)写真提供=カンテレ
調査をつづける岸本拓朗(眞栄田郷敦)(5話より)写真提供=カンテレ

聞き込みのときの「大洋テレビの岸本っていう男(おとこ)なんですけど」というセリフには、ん? 自分でわざわざ男って言う?と思ったが「がむしゃらに」「手当り次第に」真実に近づき、もともと怪しかった証言者・西澤正(世志男)の証言を覆すことに成功する。

浅川は調査を早々に諦めてしまっていたが、岸本渾身のVTR第3弾を見て、掴み取られた真実に心を動かされる。「君は本当にすごいことをしたね」と浅川に褒められた岸本は、それまでなかった食欲も戻り、雑炊をかっ込む。浅川の部屋は、かつて絶望したとき、ほぼすべての家具を処分していたが、ベッドにはじまり、ソファやラグなど生活の気配が徐々に戻ってきている。この世界は多くの不正がはびこり、慎ましく暮らす者たちの生活が脅かされている。見て見ぬふりをすることなく間違いをただしたい、ただそれだけのことが巨大な岩を動かすように困難で、浅川や岸本を苦しめてきた。ようやく正しいことが報われて朝がやってくるという希望の兆しで、第5話は終わる。

後半戦、このまま冤罪が晴らされていくか、いや ──

全10話中の前半5話分が終了し、後半戦はどうなるか。不正を行う者の目をくぐり抜け、浅川と岸本が徹底的に真実をもって冤罪を晴らしていくのだろうか。そうは容易にはいかないだろう。冷静に考えると、岸本の見つけた真実はプロの警察だって調べられることなのではないか。それを調べることなくうやむやにしていたことにこそ意味がありそうだ。

会議の場で声を荒らげるプロデューサー・名越公平(近藤公園)(5話より)写真提供=カンテレ
会議の場で声を荒らげるプロデューサー・名越公平(近藤公園)(5話より)写真提供=カンテレ

未解決事件やすでに解決済みの事件の新事実というものは、多くの人々の心を強く捉えて離さない。筆者は以前、未解決事件もののドキュメンタリーの紹介記事をネットで書いたら、予想以上に読まれて驚いた経験がある。『エルピス』では「このドラマは実在の複数の事件から着想を得たフィクションです」という注意書きがタイトルバックの終わりに出る。あくまでフィクションながら、実在の複数の事件について書かれた書籍を参考文献としてクレジットしていることもあって、そこかしこにリアルなニオイがする。

実在の事件をもとにした作品は過去にも多く作られていて、『エルピス』が稀有ということはない。どちらかというと制約の少ない映画に多いが、テレビドラマでも三億円事件だとか大久保清による連続女性誘拐殺人事件だとか桶川女子大生ストーカー殺人事件だとか……枚挙に暇ない。ただ、時の権力と密接になってくる事件はテレビだと難しいようだ。映画では森友・加計学園問題をめぐる公文書改ざん事件をモデルにした『新聞記者』(2020年)が近年話題になった。

村井喬一(岡部たかし)にビデオについて問い質される浅川恵那(長澤まさみ)(5話より)写真提供=カンテレ
村井喬一(岡部たかし)にビデオについて問い質される浅川恵那(長澤まさみ)(5話より)写真提供=カンテレ

これまで実在の事件をもとにした、あるいはモデルにしたノンフィクションは男性プロデューサーや監督の手で多く作られてきた印象がある。そのためゴリゴリっとした硬質な手触り、あるいはノワールといった感じの独特な渋みみたいなものを筆者は感じてきたが、『エルピス』はプロデューサーと脚本家、女性ふたりが中心になって作っている。そこがこれまでにないもののように感じている。ようやく女性が社会派ドラマを世に問うときが来たような。

『新聞記者』は原案が東京新聞の望月衣塑子記者の著作である。佐野亜裕美プロデューサーがカンテレの前に所属していたTBSは2011年に、ジャーナリスト江川紹子原作の、無実の罪で女性官僚が逮捕された障害者郵便制度悪用事件を扱った『私は屈しない~特捜検察と戦った女性官僚と家族の465日』を制作しているが、プロデューサーや監督や脚本家は男性。松山ホステス殺害事件の犯人・福田和子を描いた共同テレビ制作の『実録 福田和子』(2002年)は、脚本は女性の神山由美子だが、プロデューサーは男性の中山和記である。

女性がやむにやまれず沈黙してしまう事情や心理

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