ぺこぱ、三四郎、佐久間Pがラジオ談義『ANN』パーソナリティは『いいとも!』レギュラーくらいの価値?(てれびのスキマ)

ぺこぱ

文=てれびのスキマ 編集=菅原史稀
トップ画像=ぺこぱインタビューより


テレビっ子のライター“てれびのスキマ“が、昨日観た番組を記録する連載「きのうのテレビ」。バラエティやドキュメントの中で起こった名場面、名言、貴重な会話の数々を書き留めます。2020年から毎日欠かさず更新中。


『ぺこぱポジティブNEWS』

ニッポン放送『オールナイトニッポン0(ZERO)』とのコラボで、パーソナリティのぺこぱ、三四郎、佐久間宣行が集結し、ニッポン放送のラジオブースで収録。

佐久間Pはテレ朝初出演だそう。「当たり前だろ」と本人は言っているが、もはや演者として各局に出ているので「初」というのが意外な感じもする。

リスナーからもらったテーマでトーク。『オールナイトニッポン』のパーソナリティに選ばれるというのは、かつての『笑っていいとも!』のレギュラーになることに近いのではないかと佐久間P。「そのくらいの価値はある」「勢いのある人が試される」と。これは確かにそうかも。

「『TVer』や『radiko』ができてからの変化」というテーマでは「明確にテレビでの俺の方法論は変わった」「予告でバラすのをやめた」と佐久間P。昔は1回の放送しかないから「衝撃発言」などある程度予告したが、あと追いで観られるから放送ではびっくりしてもらったほうがいいと。

ラジオは『radiko』の登場によって、聴取者の年齢層が劇的に下がったそう。「ラジオの強み」について相田が「(ラジオは出演者の)パーソナルな部分が出るから、スタッフさんが聴いてたりするとキャラが伝わりやすい」と言うと「芸人のことを知りたかったら、ラジオ聴く」と佐久間も言う。ラジオのリスナーだった人が局に入り、「三四郎さんとやりたかった」と番組にキャスティングしてくれるのがうれしいと小宮。オードリーも「リトルトゥース」がADからディレクターになったことが、仕事が増えた理由のひとつだと言う。

松陰寺が「好きなラジオ」に『辛坊治郎 ズーム』(ニッポン放送)を挙げていたのも彼らしいなと思ったし、相田が『四千頭身 都築拓紀のサクラバシ919』(ラジオ大阪)を挙げたのが興味深かった。作家とマンツーマンでやっていて都築が意外とおしゃべりだからおもしろい、と。三四郎の代役で都築とはんにゃ金田が出演したことがあり、金田のことを「まったく尊敬していない」(by佐久間)ツッコミがおもしろかったと言う。小宮曰く「そこから四千頭身の漫才が変わった。都築がツッコミをするようになった」と。スゴい話。

その後もニッポン放送で収録してテレ朝で放送するのに、オススメのテレビとして日テレ(中京テレビ)の『オモウマい店』を紹介したり、局も媒体もごちゃまぜな感じが今っぽくてよかった。あと、佐久間Pが完全にトークの軸になっているのが、改めてすごかった。

『あちこちオードリー』

ゲストは中川家と高橋ひかる。「おしゃべり大好きな3人」という雑な括りがおもしろい。

中川家は第1回の『M-1』を回想。客も緊張して重く、前説もウケてなかったと述懐。優勝し、楽屋に帰っても祝福するスタッフが誰もいなかっただけでなく、「終わった瞬間に松本さんと紳助さんが来て、『2本目の途中なんやあれ、失敗したんか?』って」とダメ出しまであったと。今のように仕事が殺到することもなく「次の日、普通に休み」だったと笑う。

春日は芸人になって1年目のとき、ひとりで大阪のNGKへ勉強しに行ったという。インスタントカメラでめちゃめちゃ撮った、と。そのときに漫才をしていたのが中川家。若林「(春日が)生意気なこと言ってましたよ。『中川家さん、ホンモノですよ』って(笑)」。

「予定どおりが嫌」と中川家のふたりは言う。「逸れたときが一番楽しい。ネタに戻そうとしたら(剛が)顔で(ダメ)って」となかなか本ネタに行かないのだと。「漫才をちゃんとやるってなんやろう?って5年目くらいから」思ったという剛は「こっちがネタ振ってるのになんで待たなあかんねん。何を待つことあんねん」と「ちゃんとやる」ことをやめたと言う。「ちゃんとやったら僕らはウケない」「きっちり合わせてきっちりスベったら怖いし(笑)」。

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てれびのスキマ

1978年生まれ。ライター。テレビっ子。著書に『タモリ学』(イースト・プレス)、『1989年のテレビっ子』(双葉社)、『笑福亭鶴瓶論』(新潮社)、『全部やれ。日本テレビ えげつない勝ち方』(文藝春秋)など。