アルピー平子へ“東京芸人の母”K-PRO児島が「愛情たっぷりのダメ出し」(てれびのスキマ)

平子祐希

文=てれびのスキマ 編集=高橋千里
トップ画像=アルコ&ピース平子祐希インタビューより


テレビっ子のライター“てれびのスキマ”が、昨日観た番組を記録する連載「きのうのテレビ」。2020年から毎日欠かさず更新中。


『アメトーーク!』

「ココで育ちました…K-PROライブ芸人」にアルコ&ピース、三四郎、ウエストランド、モグライダー、ランジャタイ。MC横にも、K-PROライブにSPゲストとして出演経験のあるスピードワゴン小沢、アンガールズ田中と盤石な布陣。

リーダーの席に座った平子は「K-PROなかったらただのド地下芸人」「(吉本以外の)他事務所にとってのルミネ」と表現。

平子は、児島代表とはK-PRO設立前からの知り合い。そのころ児島代表は、舞台に立つ芸人たちの気持ちを知るために芸人として舞台に立っていたという。

設立は2004年。最初に行われたK-PROの看板ライブとなる『行列の先頭』はキャパ70人の新宿Fu-で開催。三拍子、ブラックパイナーSOS、ロケット団らが出演。

第2回に村田渚、第3回にバカリズム、2008年の第10回ではスピードワゴン、東京03らをSPゲストに迎え、北沢タウンホール(キャパ294人)で開催。

2017年の第33回ではなかのZERO 大ホール(キャパ約1300人)、そして2021年の第43回では東京国際フォーラム ホールC(キャパ約1500人)と大きくステップアップ。

2017年の「行列の先頭」に出演した田中は、「都内で1000人以上入るお笑いライブってなかった」と感慨深げに語る。

バトルライブの結果が賞レースに直結することもあり、たとえば、無名のハナコがバトルライブで4~5連覇したその年に『キングオブコント』で優勝したという。

K-PROは社員わずか5名ながら「年間800本以上のライブを開催」「裏方に徹底したプロ集団」「ケータリングが豪華」といった特色で芸人から愛されている。複数の会場で同時にやっているライブもあるので、会場をはしごして出演することも。

はしごでスベりつづける「はしごでスベリ」をすることも少なくなかったという国崎は「はしご先にスベったのも伝わってて」と笑って回想。熱心なファンも会場をはしごするため、平子「スベった芸人とお客さんが一緒に移動する(笑)」。

そんな国崎がいつもどおりふざけたトークの仕方をしていると、たまらず平子が「いいなあ、俺、そういうことやったら加地さんにすげー怒られたんだぜ」と愚痴り、加地Pに向かって「丸くなったんじゃないですか!?」と吠えるのがおもしろかった。

最後にK-PRO、ならびに児島代表への感謝のメッセージVTR。絶対に泣けそうなVTRだったが、スタジオの隅にいた児島代表は涙を見せず。このあたりが児島さんっぽい。

そして収録の感想を聞かれ「平子さんが何をしゃべってもコントっぽくなる」「ウソっぽい」と笑顔でダメ出し。一方、ウケていない時期が長かったランジャタイを起用しつづけてきた理由を聞かれ「私はおもしろいと思ったから」とキッパリ。

ともしげが「お母さん」と呼んでいたが、まさに“東京芸人の母”。最高のファン目線と徹底したプロ意識が同居しているのが、K-PROの魅力なのだなと改めて思った。

【関連】“地下芸人”は“地下ライブ”で奇跡を起こす(ランジャタイ国崎)

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  • 【連載】きのうのテレビ(てれびのスキマ)

    毎夜ライフワークとしてテレビを観つづけ、テレビに関する著書やコラムを多数執筆する、てれびのスキマによる連載。昨日観た番組とそこで得た気づき、今日観たい番組などを毎日更新で綴る、2020年のテレビ鑑賞記録。

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てれびのスキマ

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てれびのスキマ

1978年生まれ。ライター。テレビっ子。著書に『タモリ学』(イースト・プレス)、『1989年のテレビっ子』(双葉社)、『笑福亭鶴瓶論』(新潮社)、『全部やれ。日本テレビ えげつない勝ち方』(文藝春秋)など。