『THE FIRST』で第一歩を踏み出したREIKOのアーティスト人生「今はグループもソロも両方やりたい」【『あの日のTHE FIRST』レポート#10】



目標はグループとソロの両方で活躍

最終合宿までの間はダンスレッスンに通い、お風呂で歌唱練習を行い、イメージトレーニングに努めていたというREIKO。“クリエイティブ審査NEO”では、RANと組んだユニット「RanRei」で「Just FUN’ky」を披露し、心から想いを込めて音楽の楽しさを表現。「チームOne」のメンバーとして臨んだ“課題曲審査”でブライトな歌声を煌めかせ、SKY-HIからは「素晴らしいアートでした」と称賛された。

──最終審査はいかがでしたか?

REIKO どんな気持ちだったかはわからないんですけど、ステージから見た景色と味わった感覚は忘れられないです。曲の感情が自分の感情という感覚で、起きているのにゾーンに入ってる感じ。新体験のパフォーマンスでした。

最終審査を経て、BMSGのトレーニーに選ばれたREIKO。SKY-HIから「アーティストとしての自我が目覚めている」と言われた彼が、今思うこととは──。

──ベストパフォーマンスを教えてください。

REIKO 最終審査の前に聞かれたときは「Beautiful Now」って答えたけど、今は「Shining One」だと思っています。3次審査のときはクオリティが足りなかったけど、最終審査では曲と共鳴し合いながらもベストなクオリティで挑めたので。

[THE FIRST 最終審査 / ステージ映像] Shining One / Team One (レオ、リョウキ、ラン、レイ、シュント)

──音楽をやっててよかったと思うことは?

REIKO 最終審査前合宿のときくらいから、たくさんのファンの方が僕のインスタグラムにメッセージをくださり、とても感動しました。「おかげさまでがんばれてます」と伝えてくださったり、僕の考えたメロディを歌ってるお子さんの動画を送ってくださったり。今までは自分がどこにいて、どれくらい影響力があるのかわからなかったけど、ファンの方の想いに触れて、「やっぱりこの道は間違ってない」って強く感じました。

──『THE FIRST』とはなんですか?

REIKO “一歩目”です。「死ぬまでやる」って決めたし、その気持ちはたぶん変わらない。とりあえず音楽をいっぱいやりたいです。『THE FIRST』を通して、一番変わったのは心かな。以前は「なんのためにがんばるんだろう」と思ったり、小さなことで自分を疑ったりしていたけど、今は人として強くなれたので。

──今後の目標を教えてください。

REIKO そもそも自分が「グループをやりたい」と思ったのは、「ひとりじゃやっていけない」という気持ちが大きかったから。グループで活動して基盤ができたら、ソロで曲を出したいという理想を持っていました。『THE FIRST』が終わった今は、グループもソロも両方やっていきたい。めちゃめちゃ欲張りだと思うんですけど、やれるものならやってみるしかないなって。もしその時が来たら、デビュー生のクオリティを上げまくって、「BMSGって本当にすごいところなんだ」と証明したいですね。SKY-HIさんが話しているように、僕らで新しいカルチャーを作り上げることができたら幸せです。

喜怒哀楽のすべてに添えられた涙


この記事の画像(全93枚)


この記事が掲載されているカテゴリ

ライター_坂井彩花

Written by

坂井彩花

(さかい・あやか)1991年、群馬県生まれ。ライター、キュレーター。ライブハウス、楽器屋販売員を経験の後、2017年にフリーランスとして独立。『Rolling Stone Japan Web』『Billboard JAPAN』『Real Sound』などで記事を執筆。エンタテインメントとカルチャーが..

QJWebはほぼ毎日更新
新着・人気記事をお知らせします。