リエゾン・ダンジェルーズ
石野 初期DAFでシンセサイザーをやってたクリスロー・ハースって人がいるんだけど、その人がリエゾン・ダンジェルーズ(※12)っていうバンドをやってたのね。アルバム1枚(『Liaisons Dangereuses』)しか出てないんだけど、これがとにかくすごくって。81年に出たアルバムなんだけど、これもめちゃめちゃ、うちらは──。
瀧 聴いてましたね。
石野 ジャケットがこんなに(ボロボロに)なるぐらい聴いてるからね(笑)。リエゾン・ダンジェルーズのライブビデオは、お前が買ってきたじゃん、西新宿で。
瀧 買った買った。
石野 「アイコン・ビデオ」(※13)ってとこから出てた。そのときのリエゾン・ダンジェルーズの衝撃は、ボーカル(クリシュナ・ゴワノー)の服のここ(胸)に「どん兵衛」ってロゴが入ってて(笑)。エレクトロニックサウンドで、ずーっとそのどん兵衛が踊るわけよ。
瀧 俺らからすると、どん兵衛に絶対目が行っちゃうわけだよね(笑)。
石野 リエゾン・ダジェルーズはドイツ人のグループなんだけど、名前がフランス語でしょ。でも、歌うのはスペイン語。で、胸にどん兵衛(笑)。
瀧 はっぴを着てるんだよね。
石野 どん兵衛の蓋を集めて送ってもらえるはっぴだと思ってたでしょ。実は数十年越しにわかったんだけど、あれは山本寛斎のセーターなのよ。
瀧 山本寛斎でどん兵衛なの(笑)?
石野 そう。そっちが衝撃でしょ。
※12 リエゾン・ダンジェルーズ(Liaisons Dangereuses):1981年にデュッセルドルフで結成されたノイエ・ドイチェ・ヴェレのバンド。同年、コニー・プランクが携わったアルバム『Liaisons Dangereuses』をリリースし、翌1982年まで活動。のちのハウスやテクノに影響を及ぼした。中心メンバーだったクリスロー・ハースは、DAFやデア・プランの初期のメンバーでもあった。
※13 アイコン(Ikon):ニュー・オーダーなどの作品をリリースするマンチェスターのレーベル、ファクトリー・レコードの姉妹ビデオレーベル。瀧が買ったビデオは、1982年のハシエンダでのライブを収録したVHS『Liaisons Dangereuses』(1987年、IKON 22)だと思われる。
『WIRE03』
石野 DAFはさっきの3枚のあと、1回再結成するんだけど、そっからはちょっとスタイルが変わって、ゴージャスな音になったのね。うちらの友達でもあり、心の師匠でもあるドイツのDJウエストバム(※14)。彼の自伝に書いてあるんだけど、彼がDAFの再結成ライブのツアーを一緒に回ったんだって。
石野 で、ベルギーかどこかのフェスに出たときに、お客さんは昔好きだったころのDAFを求めるもんだから、「俺たちが観たいのはこんなDAFじゃねえ!」って大暴れして、完全に暴動よ。ライブを中断して、ウエストバムが「なんとかしてくれ!」って言われてかけたのが、ここ(『Für Immer』)に入ってる「ちっちゃな戦争」(※15)って曲。それをかけて、ステージからはけたっていう(笑)。
瀧 「俺たちのDAFを返せ!」ってDAFに言うんだ(笑)。
石野 あと、「The Gun」っていう、再結成してから87年に出したシングルがあるんだけど、ウエストバム曰く、それがドイツで最初のアシッド・ハウスのシングルなんだって。そのロングバージョンがやばいと。
石野 2003年の『WIRE03』(※16)にDAFが出たのよ。なんで彼らの出演が決まったかっていうと、実は前の年にベルリンでDAFのレコーディングスタジオに行く機会があって。っていうのも、うちらの友達でもあって先輩でもあるトビーネイション(※17)──。
瀧 トビーちゃんね。
石野 彼も当時、たまたまベルリンにいて。「卓球くん、友達がレコーディングしてるから遊びにおいでよ」って言われて行ったら、DAFだったの(笑)。
瀧 こわっ!
石野 ビビるっしょ(笑)。そのときすごかったのが、ロベルトのボロッボロの段ボール。KORGのMS-20(※18)っていう、うちらも使ってた80年代の古いアナログシンセがあるんだけど──。
瀧 機関車みたいなやつね。
石野 パッチシンセね。それを未だに段ボールに入れて、スタジオに運んできてた(笑)。ケース買えよ、っていうね(笑)。大仁田厚(※19)じゃないけど、DAFは何回目かの解散と再結成を繰り返したあとにニューアルバム(2003年作『Fünfzehn Neue DAF Lieder』)のレコーディングをしてたのね。「このアルバムができたら、もしよかったら日本に来ませんか?」って聞いたら、「ぜひ行きたい、行ったことないし」っていうことで、翌年の『WIRE03』にDAFが出てくれたの。
瀧 俺もう、『WIRE』のDAFでガン踊りしちゃったもん。
石野 前夜祭がLIQUIDROOMであったんだけど、そのときにまずガビが腕の骨を折って日本に来ててさ(笑)。「なんで?」って聞いたら、「先週、草サッカーやってたら転んじゃってさ~」とか言ってて(笑)。当時ロベルトはもうドラムを叩いてなくて、サポートのドラマーを連れてきたの。だからDAFは3人で来たんだけど、そのときの機材がMD1枚。MD1枚と、あとスティック2本。すごくない?
瀧 板と棒(笑)。そのときに、僕も行ってひと晩中楽しんでたんですけど、バックステージの廊下を歩いてたんですよね。
石野 ガビダンスで(笑)。
瀧 歩いてたら、向こうからガビが歩いてきたの。
石野 ガビダンスで(笑)? 向こうが元祖だからね(笑)。
瀧 そのとき、ガビがけっこう上機嫌で、すれ違う人すれ違う人に「ハーイ!」って話しかけてて。向こうは俺のことなんかもちろん知らないわけじゃん。でも、こっちは「うわっ、ガビだ!」ってなってるわけ。
石野 タキ・デルガド=ロペスがね(笑)。
瀧 で、ガビがすれ違ったときに、俺のことをパッと見て呼ぶわけ。「ガビに呼ばれてる!」と思って「何?」って聞いたら、「お前にシャツやるわ!」ってTシャツをくれたんですよ。今日はそれを着てきましたよ。見せますね(ジャケットを脱ぐ)。うれしくて、しばらく着れなくて大事にしてたんですけど、久しぶりに着ましたよ。
※14 ウエストバム(Westbam):1965年生まれの、ドイツのDJ。石野卓球は彼とコラボレーションするなど、親交が深い。「彼の自伝」とは、2016年に邦訳書が刊行された『夜の力──ウエストバム自伝』(ele-king books)のこと。
※15 ちっちゃな戦争:『Für Immer』の収録曲「Ein Bisschen Krieg」のこと。
※16 WIRE03:『WIRE』は、石野卓球がオーガナイズするテクノフェスティバル。『WIRE03』は、2003年8月30日にさいたまスーパーアリーナで開催された。DAFのほか、ジェフ・ミルズ、ルーク・スレーター、ウエストバムらが出演。
※17 トビーネイション(Tobynation):1993年から活動する日本のDJ。マイク・ヴァン・ダイクに電気グルーヴを紹介するなど、ドイツシーンとのつながりにおいて重要な役割を果たしている。
※18 KORG MS-20:1978年に発売されたアナログシンセサイザー。モジュラーシンセとしては持ち運びができる小型機で、モジュールをケーブルでパッチングすることで音を作る。
※19 大仁田厚:日本のプロレスラー。1974年のデビュー以降、7度の引退と7度の復帰を繰り返している。
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