岩井秀人「ひきこもり入門」【第3回後編】両親は「父親」と「母親」を演じるのがへたくそだった


現在の岩井家――「父親」と「母親」を演じることをやめた

さて、そんな家庭で暮らした僕が、今では「父」になったわけだが、どういう家庭を持ったのだろう。正直、なかなか一般的だとは言い難いかもしれない。

一般的ではない、というのは主に「父親がたまにひきこもる」という点だが、家族はひきこもっていても全然、家族でいてくれる。「家庭があるのにひきこもり」という言い方をすれば、社会的には確かに悪く思われそうだ。

家族が一緒にいない時間も多い。でも、会えばずーっと家族3人でキャッキャとしゃべっている。たぶん、妻がいい意味で僕のことを社会通念的な「父親」という立場に置いていないのだ。母にも姉にも「あんな人はもう現れないから、絶対逃しちゃダメよ」と言われている。

ずっと事務所に寝泊まりしているときも多い。「それただの別居だよ」とか「岩井さんそんな帰らなくて大丈夫?」とか言われたりもするが、なんか、大丈夫なのだ。いつか、「僕の前では(妻が)強がっているだけだぞ」と娘に告発されたりするのか……?と、一応心配になったりもするが、今のところそういったこともなく、ふたりとも僕の仕事にすごく興味を持っておもしろがりつづけてくれていて、普通に楽しく仕事の話をしたりする。

ひきこもっていた部屋は今も使っている

僕は「父として」という役割で、妻や娘に接しないようにしている。「父」という役割を演じるということは、妻や娘は自分とは違う人生の人間のはずなのに、それだけでなんの理由もなく、何かを押しつける可能性があると思っているからだ。

いわば僕は、もともとの自分の家族を「研究材料」にしていたんだと思う。両親は、「母親として」とか「父親として」という役割を演じようとしていたし、それがすごいへたくそだったと思う。

僕と妻は子供ができてから結婚しているから、ちゃんと段取りも踏んでないし、ふたり共通の見解として最初から「親」にはなれなかった。だからまず、「娘」という存在がいて、その娘に向けていろいろとすべきことをやっていくうちに、自分たちが親になっていくんだろうと踏んだのだった。それは合っていたと思う。

たとえば、僕らは子供の前でお互いを「パパ」「ママ」と呼ばない。子供に対して妻のことを指すときに「ママがさあ」と言うのをやめた。「パパ」「ママ」というのは親の、子に対する「親という役割」の提示でしかない。その提示を繰り返すことで「家族」という共同体が「親」と「子」という役割に分担されてしまうと思う。

そうなると、親で共通の見解を持たなくちゃいけないことになる。親同士ですり合わせたものを子供に持っていって、「これがあなたの社会のルールですよ」と示さないといけない。

そんなことでは、まずいなと思う。

子供は最終的には社会にひとりで出て行く。社会では全員が違う欲望を持っていて「その中で自分の欲望をどう通していくか」というのが生き方だと思う。

だったらもう、家の中が、まず家庭内のそれぞれの人間の欲望が、違っているほうがいいと思った。とはいえ、それぞれの欲望を押しつけるんじゃなくて、「ふたりともあなたを思っているけど方向性が全然違う可能性があるよ」という接し方をしていきたい。

娘は、僕と妻のことを「パパ」「ママ」って呼ぶのを早々にやめた。僕は「ヒデイト」と呼ばれ、妻は「ママ」が「ママさん」になって、最終的に「マーサ」というよくわからない呼び方になった。

特にどこの家族にも似てはいないが、総じて僕にとってはめちゃめちゃポジティブな家庭だと思っている。

■岩井秀人「ひきこもり入門」第4回は2020年9月下旬配信予定

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  • 岩井秀人 最新情報

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  • 【連載】ひきこもり入門(岩井秀人)

    作家・演出家・俳優の岩井秀人は、10代の4年間をひきこもって過ごした。
    のちに外に出て、演劇を始めると自らの体験をもとに作品にしてきた。
    昨年、人生何度目かのひきこもり期間を経験した。あれはなんだったのか。そしてなぜ、また外に出ることになったのか。

    自分は「演劇ではなく、人生そのものを扱っている」という岩井が、自身の「ひきこもり」体験について初めて徹底的に語り尽くす。

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