岩井秀人「ひきこもり入門」【第3回後編】両親は「父親」と「母親」を演じるのがへたくそだった


岩井家のいろいろと複雑な人たち――家族に敬語を使う兄

兄の話をする。

家庭内で父の乱暴な振る舞いを主に食らっていたのは僕、兄、姉だけど、その中で一番人格がひねくれちゃったのが兄だ。と思っている。父のむちゃくちゃな言動にあえて何も言い返さずわざと食らっていく、ノーガード戦法みたいなことをやっていた。僕は兄のそんな姿を、それはそれで復讐なんだろうな……と思って見ていた。

「正座してろ!」と言われたらもう、翌朝まで正座しつづける。次の日父に、「お前何してんだ?」と言われれば、「あんたが言ったからだ」と返す。僕や姉みたいに明確には言い返さずに、いちいちそういうひねりを効かせていた。相手から受けた傷を最大限に広げ、その傷口を相手に見せつける、というやり方だ。大学生になると兄はひとり暮らしを始め、ほとんど実家に帰らなくなった。

岩井家の玄関にて

30歳くらいになってからやっと、兄はちょくちょく家の集まりにも顔を出すようになった。が、なんともう、家族に対して敬語を使うのである。

兄は社内LANを組むエンジニアの仕事をしているのだけど、もはや家族内でもその業者さんのキャラクターで過ごそうとするのだ。「ネットどうですか? 速いの入ったから問題なく動いているでしょう」みたいな……端から見るとかなり不気味だった。

父から受けたさまざまな暴力について、兄はもちろん忘れたわけではないと思う。ただそれを、何年もしてからぶり返すのではなく、兄自身が「もうあのときの俺じゃない」というようにキャラクターをチェンジして父とコミュニケーションし直す姿は、やられたらやり返す系の僕には、とても不気味に思えた。

父だけでなく母や兄妹に対してもエンジニア口調だった兄が、自分の子供が生まれた途端、岩井家が騒然とするほどの人間性を取り戻した。「ザ・子煩悩」の一面が不気味に花開いたのである。ものすごい長尺の子供の動画をLINEグループに流してきたのだ。兄はもともと、そういうことを寒がるタチだったので「まさかやつが……」と僕と姉でドン引きした。のちに兄自身も「俺もびっくりした」と述べている。

普通、人間の多面性というものは、それぞれの面がもうちょいなだらかなのだと思うが、兄のそれはルービックキューブみたいにパキーンと角張っている。「こっちの面のときはこっちの面、出せねえわ……」とでも言いたげに、面が違うともう、声の高さとかのレベルでしっかり違ってくる人なのだ。

家族を描いた芝居『て』についての本人たちの感想

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