岩井秀人「ひきこもり入門」【第3回後編】両親は「父親」と「母親」を演じるのがへたくそだった


岩井家のいろいろと複雑な人たち――掃除ができない母

岩井家は、父と母、僕と5つ上の兄、2つ上の姉、9つ下の妹という6人の家族構成だ。

父と母は医学部の研究所で出会った。母が細菌と石が好きで、20歳のころ、細菌研究所にアルバイトで入ったそうだ。で、外科医をしつつ細菌研究をしていた父と学生のまま結婚。10歳差の明確なポジション結婚である。のちの仲の悪さから、この「結婚」という選択の理由を母自身に尋ねたことがあるが、明確な理由が返って来たことはない。興味本位で父について「格好よかったの?」と質問してみると即座に「格好よくない!」と返された。おおよそだけど、若く好奇心の強かった母にとって、父の仕事というものが、憧れの対象だったという部分は大きいと思う。

母は臨床心理士で、いろんな人の心を整える仕事をしているが、掃除と料理がまったくできない。家はかなり散らかっていた。友達にちょっと家をのぞかせただけで「泥棒入ったの?」と言われるレベルだった。

掃除ができないことについて母はいろいろと言い訳していたが「活字中毒だから物が捨てられない」とかそんなんばっかで、どれも因果律が崩壊している。一番ひどかった言い訳は、真剣な面持ちで(?)「私はパパを寄せつけないために自分の部屋を掃除しないの」というやつだ。……家族全員寄りつかないけどいいのか。

僕はその、母の仕事と私生活のバランスがおもしろくて好きだ。僕の400倍くらい天然でトガり切った社会性の人に意識をずーっと張りめぐらし、鋭敏に社会性を発揮しつづけないといけない仕事をしていたら、家ではどうしようもない生活でもしてないと人間、折り合いがつかないよな、と妙に納得がいく。外ではカチカチのシルエットを保ち、家に帰れば一瞬で液体になっているくらいでバランスが取れるんだろうと思う。

酔った父が帰ってきてリビングが汚いと、許せなくて「ウサギ小屋じゃねえか!」とか「客ひとり呼べないじゃねえか!」とかさんざん怒鳴り散らす。すると母も「私は掃除ができないのよ!」と言い返す。そのやりとりを何年も何年もずーっとつづけていた。ある意味、デュエット曲みたいなものだったのかもしれない。

しかも母は、姉が部屋を掃除しようとすると、ふくれた。でもなぜか僕や友達がやるぶん

には「ぜひお願いします」ということだった。複雑だ。「お姉ちゃんに掃除されるのは嫌だけど、秀人とたけちゃん(友達)があのリビングを爆破とかしてくれないかしら」などと言っていた。

岩井家のいろいろと複雑な人たち――家族に敬語を使う兄

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