新連載 岩井秀人「ひきこもり入門」【第1回前編】「外に出る」って、そんなに正しいですか?

構成=小沼 理 撮影=平岩 享
編集=森山裕之


作家・演出家・俳優の岩井秀人は、10代の4年間をひきこもって過ごした。
のちに外に出て、演劇を始めると自らの体験をもとに作品にしてきた。
これまで自分自身に向き合いつづけてきた。過去の自分のような誰かに、何かを届けられるかもしれないと思ってきたつもりだった。しかし、自分が一番届けたい人に届けられていたのか。
岩井の過ごしてきた「ひきこもりの時間」について、語り始めた。

自分は本当に「ひきこもり体験に向かいつづけてきた」のか?

ひきこもりだったことをこれまで演劇にしつづけてきたが、その体験の細部までは、これまで公の場で話したことはなかった。

16歳から20歳までの4年間、ひきこもって過ごしていた。

暴力をふるう父がいる家で育ち、よく人を殴る子どもだった僕は、他人に「感情」があるとは思っていなかった。他人は自分の物語に出てくるエキストラくらいにしか認識していなくて、気に入らないことがあるとすぐに殴って黙らせていた。

そんなあるとき、殴った相手に初めて殴り返されて、「え!? ほかの人にも『感情』ってあるの?」と衝撃を受けた。それ以降、他人との距離の取り方がわからなくなって対人恐怖を発症、さらに高校を中退して住み込みで働き始めたバイト先では人間関係がうまくいかず家に逃げ帰り、当時16歳だった僕はそのままひきこもりになった。

時が経ち、外に出て演劇を始めてからは、当時の経験を交えながら作品を書いた。

僕が主宰する劇団「ハイバイ」の旗揚げ作で、ひきこもりだけどプロレスラーに憧れる主人公を描いた『ヒッキー・カンクーントルネード』(2003年初演)や、より視野を広げてひきこもりのその後について取材を元に書いた続編『ヒッキー・ソトニデテミターノ』(2012年初演)がそれだ。どちらも国内で再演を重ね、韓国、フランスでの上演も行った。

岩井秀人 作・演出『ヒッキー・カンクーントルネード』(2010年5月)撮影=曵野若菜

こうして僕は自分のひきこもり体験を元に演劇を作ってきた。いってみれば「ひきこもり有段者」だ。しかし、ひきこもりの実体験については演劇のアフタートークで時々話す程度で、じっくり話したことはなかった。

作品として整えられる前の、もっとそもそもの僕の過ごしてきた「ひきこもりの時間」というものについて、話していきたい。

今のやり方では、一番届けたい人に届かない

ひきこもり体験を話そうと思ったのにはきっかけがある。2019年の9月に行った『岩井のモロモロ』というトークイベントでのことだ。

この日は自分の近況や演劇について、考えていたことをたくさん話す会だった。地獄のようにハードだった2018年を経て、久しぶりに再びひきこもったことなどを話したのだが、イベントが無事に終わったあと、新しい会社のスタッフにこんなことを言われた。

「岩井さんが話す場所にはハイバイのファンや、映画や演劇が好きな人が多く来ますよね。でも、それ以外にも、もっとひきこもりの話を必要としている人がいると思うから、彼らのもとへ行って話をして欲しい」

考えてみれば演劇は最もひきこもりが来にくいメディアである。客席は常に他人だらけだ。

僕はこれまで演劇を使ってひきこもりについて語り、社会的なことをやってきたつもりだったが、今のやり方では一番届けたいはずの人に届かないのではないか。スタッフの言葉でそのことに気づいて、ハッとなった。

もともと、独立してからは自分が話す機会を増やしていこうと思っていた。演劇を作ってそれを見せて、終わってまた次を作って、という繰り返しは、演劇を好きな人だけに問いかけているような感じがしたし、台詞として書くよりも感じていることを直接しゃべるほうが、自分が人と関わるのには向いている気もしていたからだ。

「私もひきこもりの話ができる場にアプローチしていきます」

スタッフはそう言ってくれた。僕もその日の夜にすぐ、「ひきこもり時代の話をさせてくれまいか!」と、ツイッターで呟いたのだった。

「男たるもの・社会人たるもの」という価値観がひきこもりの土壌

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