年間100本以上のお笑いライブに足を運び、週20本以上の芸人ラジオを聴く、20歳・タレントの奥森皐月。今回は、12月22日放送『M-1グランプリ2024』決勝戦から、奥森が熱狂したネタ・芸人について語る。
目次
『M-1』そのものが大きな権威となっている
間違いなくお笑いの歴史に残る一日となった、2024年12月22日。『M-1グランプリ2024』は、これまでの20回で積み重ねられた『M-1』という大会の最高傑作であったと思う。
総エントリー数10,330組という信じられない数字。近年はひとりが複数のユニットで出場するケースもあるが、それにしても毎年相当な勢いで増えている。
『M-1』を観て、『M-1』を目指す人が多いのであろう。お笑いを志すより『M-1』を志す。『M-1グランプリ』という大会そのものが、年々大きな権威となっているように感じる。
今大会の大きな特徴は、「昨年王者・令和ロマンの連覇をかけた挑戦」「審査員席に松本人志氏が不在」「20回目の記念すべき大会」という3つがある。
令和ロマンが決勝進出し、審査員は大きく入れ替わり9人体制となり、メインビジュアルには過去の王者が集結し、多方面から盛り上げられていた。そして、話題になっていた。
ひと組ごとに名勝負が生まれた「敗者復活戦」
矢継ぎ早にさまざまなネタが観られる贅沢さが好きで、私は毎年「敗者復活戦」を楽しみにしている。今年は21組中7組が過去に決勝戦を経験している芸人さんで、いかにハイレベルな大会なのかが敗者復活戦の時点でよくわかった。
個人的に一番笑ったのはダンビラムーチョの『蛾』のネタ。自己紹介の時点でもうおもしろかったが、「生き物としての名前が人文字っていうのはヤなもんだね」「虫へんに“我”って書くの、嫌なんですけど」という“蛾あるある”のフレーズが最高だった。
そこからの、顔で虫のメスを表現する部分は何度も見返した。原田(フニャオ)さんの放つ言葉も、一つひとつが少し変でずっとおもしろい。『冨安四発太鼓』に続き、観た人が数日引きずるようなボディブロー系のネタを今度は漫才で披露していた。本当にすごい。
カラタチ前田(壮太)さんによる武元唯衣さんへのガチ私信は痛快だった。オタクと『M-1』セミファイナリストを兼任していないとできない技。
生放送でネタを披露すれば、推しにメッセージを送ることもできるという「気づき」を多くの人に与えたであろう。ブロックで敗退してしまったものの、おもしろさに加えて強烈なインパクトも残していて素敵だった。
昨年からブロックごとのタイマン形式になった敗者復活戦。過去に準決勝以上に進出した経験のある組の安定したおもしろさに、初めて敗者復活戦に出場する組の新たな風が吹き込んで、ひと組ネタを披露するごとに名勝負が生まれる。“ちょうちょさん”こそ飛ばないが、この『THE W』方式はなかなか見応えがある。
しかし振り返り特番にて、敗者復活戦の審査員を務めたとろサーモン久保田(かずのぶ)さんが「審査員側が全員一致でおもしろいと思ったほうの組が、観客票で勝たないことがあった」という発言をしていたのが気になった。
最終的に決勝の舞台に進む組を決めるのは歴代王者の審査員だが、その前のブロック内投票は観客がするという方式は継続なのか。来年に注目だ。
“ホンモノのヒーロー”であることを証明した令和ロマン
『M-1グランプリ2024』の決勝戦は、大会としてだけでなくテレビ番組としても完璧だった。
「漫才日本一を決める大会」という前提ではあるが、『M-1』の大きな魅力のひとつは「誰でもひと晩で爆発できる可能性」があることだと思っている。
2015年、トップバッターで無名のメイプル超合金が出てきたとき。2019年、ラストイヤーのかまいたちや、決勝常連の和牛や、注目の見取り図といった面々のあとに、ミルクボーイが歴代最高得点を出したとき。2022年、ダイヤモンド・ヨネダ2000・キュウと個性的なネタが続いた先の10組目で、ウエストランドがストレートパンチを繰り出したとき。
確かな実力に加え、さまざまな要素が複雑に絡んだ先に、いわゆる「爆発」というものが生まれるのだろう。
昨年大会では「爆笑が、爆発する。」というフレーズが使われていたものの、結果的にはひと組目の令和ロマンの盛り上がりが大きく、点数がとびきり跳ね上がることのない展開だった。その可能性もあるのが笑神籤(えみくじ)であり『M-1』だと、2023年の大会で感じた。
ところが。昨年分の神様のしわ寄せ(?)が今年にやってきた。前王者の令和ロマンが2年連続で1番手という前代未聞の事態。会場も、ファイナリストも、視聴者も、全員がざわめくその逆境を、“Champion”はあっという間に乗り越えてみせた。
1本目に披露した『名字』のネタは、自身のネットラジオ番組『令和ロマンのご様子』(stand.fm)のメールから生まれたものであり、仕上げたのも11月ごろだそう。
2カ月足らずで、『M-1』決勝戦で通用する、というか優勝するネタを仕上げてしまう化け物度合い。見事だとか、非凡だとか、自分が拾い集めたような言葉では称えることのできない力だ。恐怖。戦慄。
のちに(髙比良)くるまさんも語っていたが、このネタはしゃべくり漫才かつ全世代が共感できる題材。なんばグランド花月や祇園花月などの幅広い年齢が観客にいる寄席でも盛り上がるネタだそうだ。
これまで『M-1』用の漫才は、しばしば「競技漫才」と呼ばれていたが、寄席で通用し、なおかつ『M-1』決勝の舞台でも高得点がつけられる漫才がとうとう生まれた。悪魔的だ。悪魔漫才。
今年7月の『ABCお笑いグランプリ』では『M-1』チャンピオンにもかかわらず出場し、自らを「害悪」と言いつつ優勝。令和ロマン、特にくるまさんのヒールキャラは、この夏ごろからスタートしていた。
それなのに。本当にみんなから嫌われていることはなく、『M-1』でまたもやトップバッターを当ててしまう悪意のない愛嬌。どこまでいってもヒールになれないふたりは、ホンモノのヒーローであることを2024年で完全に証明してしまった。
ラストイヤーのダイタク、決勝初進出のジョックロック
昨年同様、いや昨年以上に大会を掌握した令和ロマン。会場のどよめきも含めてトップがクライマックスになるかと思った。
ただ、そこからのヤーレンズ・真空ジェシカ・マユリカと、昨年の2位・3位・4位が順番に進む、仕組まれたような出順に興奮が止まらなかった。
5組目で、ラストイヤーのダイタクによる圧巻の漫才。15年分の傑作のネタが数多くある中で、あえて双子という特徴がわかりやすく組み込まれたネタを披露していたのはカッコいいと思った。
惜しくも優勝には届かなかったが、ダイタクの漫才が全国に知れ渡ったというのはとても素敵な出来事だと思っている。
『M-1』が終わった時点でマネージャーさんが『THE SECOND』にエントリーしていたとのことで、最速ならまた来年の春ごろにダイタクの賞レースでの活躍が観られるかもしれない。ラストイヤーの先のダイタクが、もっともっと楽しみだ。
ラストイヤーに対し、結成2年のジョックロックが決勝初進出という、これまたドラマチックな展開。審査員ごとに点数のばらつきがあり、結果は振るわなかったものの、福本(ユウショウ)さんの特徴的なツッコミスタイルは観た人全員にインプットされたことであろう。
今大会最年少のゆうじろーさんによる「おれがおもしろくなります!」という言葉も、SNSでは「かわいすぎる」と話題だった。
疲れを“爆発”に変えたバッテリィズ
ここまでがあまりに怒濤の展開で、このあたりからは視聴者や観客の疲れが出る展開になる可能性も大いにあった。それを、爆発に変えたのが7組目のバッテリィズ。
すでにこのネタの破壊力やおもしろさはあちこちで語られているが、やはり猛烈におもしろかった。エースさんの持ち合わせる愛らしくてまっすぐすぎるキャラクターに、寺家さんの安定感のある立ち居振る舞いと話し方。
年々複雑化している『M-1』の漫才に風穴を空ける、バッテリィズの人間力が詰まった漫才。審査員も心なしか深く考えず楽しんで笑っているように見えた。
漫才の本場といえば大阪。しかしここ数年で、大阪で活動していた吉本の芸人さんの多くが東京を拠点にするようになった。劇場に出演しながらもテレビやラジオやネットなど、ネタ中心でありながらさまざまな活動ができるのが魅力なのであろうか。
今年の準決勝進出者で大阪を拠点に活動しているのは、30組中たったの6組。決勝メンバーでは、ジョックロックとバッテリィズのふた組だけであった。
今年の『M-1』に関しては、これが吉と出たように思った。大阪を拠点にしていると全国区のテレビに出演する機会は東京組より少ないが、そのぶん『M-1』で一気に注目を浴びることができる。ネタも人柄もあまり知られていないため、初見での衝撃の大きさがあったように思える。
ガリレオ・ガリレイに対する「細そうすぎる」は、一度も思ったことがなかったのに共感できるし、考えれば考えるほどたしかに細そうすぎる。
随所に見られる優しさのある言葉から、4分が終わったときは誰もがエースさんを好きになっていた。たった4分間でここまで人を好きになれる漫才というのは、なかなか存在しないのだと思う。
1stラウンドの点数で1位になったのも納得だ。時代・環境・歴史・順番などすべてがバッテリィズの味方をして、そのおもしろさは爆発へとつながった。
『M-1』反省会特番にて。決勝前にカツカレーを食べたと話すエースさんに、とろサーモン久保田さんが「アホだからカツカレー(のゲン担ぎを)信じてる」と言い放ち、カツカレーの存在自体を疑われたと勘違いして「カツカレーあるでしょ!」と反論している姿を見て、また心をつかまれた。間違いなく来年の人気者になるだろう。
『M-1』からスターが誕生するというのはこういうことだと実感した。
真空ジェシカと令和ロマンは『M-1』の形を変えた
これまでの『M-1』なら、この勢いでバッテリィズが優勝していただろう。1本目のパワーそのままに、同じようなキャラクターのネタで2本目を披露して優勝するという流れはこれまで何度もあった。
その空気を最終決戦で変えた真空ジェシカ、そして2連覇をつかんだ令和ロマンは、積み上げられてきた『M-1』のかたちを新しいものに変えようとしているようだった。
4年連続決勝進出という、これまた凄まじい記録の真空ジェシカ。毎年、真空ジェシカらしいスタイルでありながら高いクオリティのネタで『M-1』に挑んでいて、今年はついに最終決戦まで進んだ。
1本目はこれまでの決勝戦で披露していた、いわゆる大喜利的なネタだったにもかかわらず、2本目はまったく新しいかたちであった。
「ピアノがデカすぎるアンジェラ・アキ」がまずわからないのに、「だんだん大きくなっている」「それを指摘できるか」「アンジェラ・アキさんにキレられる」という強烈な要素がどんどん足されていく。でも、ずっとおもしろい。
それからも「ダレ手紙明美」も出てくるし、長渕が聴こえるし、「読んで読む手紙」の歌詞で最後まで歌っている。わからない。わからないけどおもしろい。最終決戦にこのネタを持ってきたハートの強さに感動した。
くるまさんの分析力と同じくらいすごい「ケムリ力」
勢いづいたバッテリィズと、今年こそ優勝しそうな真空ジェシカに勝ってしまった令和ロマン。
それも納得できるほどの令和ロマンらしい漫才コントであった。世の中には令和ロマンの緻密なネタが優勝したことに納得できない人もいるらしい。ただ、審査員がいて点数をつける大会において、あのネタは減点される理由がないのだと思う。
お客さんが子供だけだったら、お年寄りばかりだったら、笑い声の大きさだけで決めるなら、トップがトム・ブラウンだったら。全部結果は違うはずだ。あの日、あのとき、あの環境の、あの順番で、令和ロマンが一番だった。
逆にいえば、それを2年連続できるというのは、本当にあり得ないことなのである。
2連覇という結果は、最短でも再来年にならないと作れない。もしかしたらこの先10年経っても20年経っても破られない快挙なのかもしれない。『M-1』を連覇した先の世界というものは、まだ誰も知らないものだということが恐ろしくもあり、楽しみでもある。
今年出版された髙比良くるまさんの著書『漫才過剰考察』(辰巳出版)に書かれていたことで、今年の『M-1』を観てようやく理解できた部分がいくつかある。
バッテリィズのようなコンビが活躍することの予言に近い内容まで書かれていた。あれほどの能力のある人が情報を得て、整理して、考察をすれば未来も見えるのだろう。
決勝直前に放送されたABCラジオ『こたけ正義感の聞けば無罪』にて、令和ロマンがゲスト出演していた。その中で、ブレイク前からくるまさんはお笑いや仕事についてどうすべきか考えていた、というエピソードがあった。
それに対しケムリさんは「仕事のこととか考えたくない。テレビは出たい。でもどうすればいいとかは考えたくない。俺が俺のまま生きて売れたい」と思っていた、と話していた。
思えば、令和ロマンはケムリさんだけずっとケムリさんだ。
ケムリさんは「演技ができないから漫才コントでも演じない」というのは聞いたことがあったが、「俺のままで生きる」という想いも同時に叶っている。
くるまさんの分析力や演技力などのすごさと同じくらい、ケムリさんのケムリ力(りょく)がすごい。これこそが令和ロマンの強みなのかもしれない。
「自分が、一番おもしろい」
『M-1』が楽しかった人、『M-1』に納得がいかなかった人、みんなでライブを観ませんか。
劇場に行けるのが一番だけれど、最近は配信もある。たまに観るくらいなら、あまりお金を使わずに楽しめる趣味だと思う。『M-1』で好きになった人の違うネタを観たらきっと楽しいし、新しいおもしろい芸人さんを見つけることはまた別の楽しさがある。
『M-1』は「俺たちが一番おもしろい」と言うけれど、私も私で「(おもしろいものを観て)おもしろい」と感じる。
それぞれの「一番おもしろい」を見つけて、「自分が、一番(おもしろいものを観て)おもしろい」になれるはず。俺たちが一番おもしろい。