【ベルセルク再開】なぜ作者亡きあとも連載がつづく?漫画史の伝説となる愛憎劇の魅力と“終われない“理由
昨年、作者・三浦建太郎氏が逝去し、休載していたダークファンタジーの金字塔『ベルセルク』。そんな本作が、6月24日発売の『ヤングアニマル』13号にて連載を再開する。
その剣を継ぐのは
──それは剣というにはあまりにも大き過ぎた。『ベルセルク』を象徴するアイテムにして、主人公・ガッツが背負う大きな剣。
その剣を受け継ぐのは、三浦建太郎先生の親友にして、『ホーリーランド』『自殺島』『創世のタイガ』を代表作に持つ、漫画家・森恒二先生だ。
生前三浦は「最終回までのストーリーは森ちゃん以外誰にも話していない」
白泉社ホームページ「『ベルセルク』再開のお知らせ」森恒二コメントより
そう言っていたのです。そしてそれは事実でした。あまりに重すぎる責任です。
そんな衝撃的な裏話を森先生が明かしたと共に、ヤングアニマル編集部は
三浦さんが話していたことから決して逸脱しないように漫画を構成していきます。三浦さんとの会話や原稿制作を通して自分たちの中に根付いた「三浦建太郎」を真摯に紡ぎたいと考えています。
白泉社ホームページ「『ベルセルク』再開のお知らせ」ヤングアニマル編集部コメントより
と、連載再開にあたっての想いと制作方針を宣言した。森恒二先生は監修を務め、漫画は三浦建太郎先生の弟子たちが集うスタジオ我画が担当する。
原作者亡きあともつづく作品というのは、実は珍しいことではない。『クレヨンしんちゃん』や『ちびまる子ちゃん』のように、原作者の意思を継ぐプロダクションやアシスタントたちの手によって、またはわずかに残された原作をもとに継続していくケースは今までも多く見受けられた。
だが、日常系ではなく壮大なダークファンタジーであること、ゆえにストーリー構成の引き継ぎが難解、また三浦建太郎先生ならではの唯一無二の世界観や画風を持つ『ベルセルク』を継続させる今回の決断は、間違いなく漫画史に伝説として残る出来事になるだろう。
『ベルセルク』が描く“クソデカ感情愛憎劇”
ここらで、いったん『ベルセルク』について語らせてほしい。
語らせてほしいとは言ったものの、私は91年生まれで、そもそも『ベルセルク』が連載開始した1989年に生まれてすらいない。そして『NARUTO』『BLEACH』『DEATH NOTE』『銀魂』といった2000年代初期の『週刊少年ジャンプ』黄金期を享受してきた世代だ。マンガを読むのに年齢も世代も関係ないと思うが、事実として完全に『ベルセルク』世代ではない私がここまで入れ込んでいるのは、本作が持つ“クソデカ感情愛憎劇”としての一面にたまらなく惹かれてしまったからだ。
念のため言っておくと、『ベルセルク』はまごうことなきダークファンタジーだ。隻眼・隻腕の戦士ガッツが、自分や仲間たちを絶望の淵へと叩き落とした宿敵・グリフィスを滅ぼし、愛するキャスカを救うために旅をつづける物語である。まるで胸ぐらを掴まれているかのように引き込まれてしまう、強烈な筆致。そして、中世ヨーロッパを思わせるファンタジックな世界観に、容赦ないグロテスクで不条理な展開。さらに、時に人間らしい弱さを見せながらも、けっして剣を振るうことをやめないガッツの狂気と強さ……。1冊読み終わるごとに、何かに取り憑かれたかのような高揚感に襲われた。
2000年代初期の『週刊少年ジャンプ』黄金期を通ってきた私だが、そんな読後感を与えてくれたのは、後にも先にも『ベルセルク』が初めてだった。だけど、それ以上にやばかったのは、やはり本作で描かれる“クソデカ感情愛憎劇”としての側面だ。
グリフィスがガッツへ抱く、情熱的な愛と執着
まず、先ほどちらっと名前が挙がったグリフィス。本作を“クソデカ感情愛憎劇”たらしめるキャラクターこそが彼である。美しいというか神々しい容姿と圧倒的な強さを持ち、その傑出した存在がゆえに孤独を抱える男……。それがグリフィスだ。最強の傭兵団「鷹の団」のトップであるグリフィスは、仲間として共に闘うガッツに絶大なる信頼を寄せ、
唯一人お前だけがオレに夢を忘れさせた
『ベルセルク』第12巻より
と言うほどだった。
ちなみに、“オレの夢”とは、自国を手に入れること。その夢に向かって、仲間たちと共に国盗り合戦をつづけ、最終的には傭兵団から正規軍へと昇格を果たす。だが、ここでひとつの綻びが起きる。ガッツが自分の夢を探すために「鷹の団」を退団してしまう。
ガッツを失ったグリフィスは、その喪失心からもうとにかく大暴れする。自暴自棄となり、国王へ謀反を起こし「鷹の団」としての栄誉は失墜、拷問の果てに戦うことすらできなくなったグリフィスは廃人寸前となってしまう。そんな自分に絶望した彼は、なんとガッツや仲間たちを“蝕”と呼ばれる転生の儀式に生贄として捧げ、悪の守護天使へと転生する。
生贄として捧げられた「鷹の団」の大半は命を落とし、唯一生き残ったガッツは右目と左腕を失い、さらに勇敢な剣士であり、ガッツと恋仲にあったキャスカは精神が崩壊、見るも無惨な姿になってしまう。こうしてガッツはグリフィスへの復讐、キャスカを取り戻すために旅へ出る。
『ベルセルク』という物語のすべては、グリフィスがガッツへ抱く、情熱的な愛と執着から始まっていると言っても過言ではない。もちろん物語の背景には、いまだ謎の多い世界の理、国同士の争い、政治的要素も深く関わってくるが、やっぱりどう考えても「グリフィス、この物語は君が始めたんだろ?」と言いたくなるほど、作中で描かれる彼の大暴走、そして内に秘めるクソデカ感情はとてつもない。
だが、そんなグリフィスの行動や感情を嘲笑う気持ちは1ミリもない。むしろ、彼ほどのカリスマ性や強さを持っていようと、人は自分を認め、赦して、愛してくれる誰かを求めずにはいられない……。『ベルセルク』という壮大なファンタジーの世界観の中に、人間誰しもが持つ本能的な欲求を感じ、胸が熱くなる。
『ベルセルク』は終われない
グリフィスが“蝕”の儀式を行うなど暴れに暴れたのは、1997年に発売された『ベルセルク』13巻の出来事だった。以降、キャスカは精神崩壊、勇敢な剣士の見る影もなく……。一方でガッツはそんな彼女を守り、道中で出会った仲間たちと共に旅をつづけた。
それから21年後に発売された40巻では、キャスカが大復活を遂げた。とてつもなく長い間待ち望んだ神展開に読者は沸いたが、残念ながら次の41巻が、三浦建太郎先生が描く『ベルセルク』の最期となってしまった。だが、そのラストを締め括ったのも、先ほどからさんざん名を出している“あの男”だった。
『ベルセルク』はグリフィスがいる限り終わらない、いや終われない。ダークファンタジーの域を超え、ひとりのキャラクターの愛と執着に誘われるように物語はつづく。
最後に。この記事を書いていて、三浦建太郎先生と編集者・鳥嶋和彦氏の対談記事を思い出した。
三浦:眩しかったですね。だから、森くんと普通に友達でいるのって難しかったんですよ。眩しすぎて彼より下になってしまうか、離れてしまうかしかない。だけど僕はどちらも悔しかったので、なんとか踏み止まろうとしました。そこで僕の武器がマンガしかなかったので、とにかくマンガを描きまくろうと。
鳥嶋:その一点において森先生と対峙しようと考えたわけですね。歯を食いしばってでも彼の隣にいたいと思うだけの魅力が、彼にはあったんだ。
三浦:魅力もあったし、つらさもありました。
鳥嶋:なんだかガッツとグリフィスみたいだ。
三浦:そこがモデルなんですよ。でも僕がガッツのときもあれば、グリフィスのときもある。結構入れ替わるんですよね。男の人間関係でよくあるパターンだと思います。
コミックナタリー「『ベルセルク』“マンガに生きる”三浦健太郎と鳥嶋和彦が大放談」より
『ベルセルク』という名の剣を引き継ぐ、森恒二先生のことをグリフィスであり、ガッツであるとおっしゃっていた三浦建太郎先生。物語と同じように、グリフィスがいる限り『ベルセルク』は終われない。
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