岩井秀人「ひきこもり入門」【第4回後編】母に聞く、ひきこもった子供に親ができること

取材=池田 亮 構成=岡本昌也
撮影=平岩 享 編集=森山裕之


作家・演出家・俳優の岩井秀人は、10代の4年間をひきこもって過ごし、のちに外に出て演劇を始めると、自らの体験をもとに「人生そのもの」を作品にしてきた。

息子・岩井秀人を、母親は当時同じ家の中でどのように見ていたのか。子供たちに声を、手を上げていた夫にどう対していたのか。

ひきこもった子供に親ができることはあるのか。

夫が亡くなってからわかったこと

――当時、親としての役割から逃れたかったり、ストレスを感じたりしたことはありますか?

母 子供が生まれて、ひとりの時間が少なくなったとは思いました。でも、私はもともとひとりっ子でひとりの時間がいっぱいあったので、人がまわりに賑やかにいるっていうのはそんなに負担ではなかったです。

ただ、保育園を3つ回ってから仕事場に行かなきゃいけなかったので、そういう物理的な制約はずいぶん感じましたけど。それがストレスだったことはないです。むしろ子供が全員変わってて予想外のことばっかりやるので、おもしろいなと思ってました。

――旅行に行ったり、家族での何か思い出はありますでしょうか。

母 家族らしいイベントというのは夏と冬に出かけることくらいで、なかなか家族全員がそろうことは少なかったですね。医者の夫の仕事絡みでほとんど毎年旅行に行ってたのは白樺湖でした。スキーでケガした人の診療所が冬だけ1カ月、開設するんです。そこに夫は仕事で行くんですけど、交代でスキーで遊べるから子供全員を連れて行ってました。

──旅行先で、家族の間でケンカなどはありましたか?

母 子供たちが小さいころは、夫は世間で言えば「偉大」だったので、ひと声上げればみんな静かにしたんですけど、中学高校くらいになってくるとみんな父に歯向かってました。でも、車で移動中に歯向かうと途中で降ろされたりするので、降ろされたくない人は静かにしてましたね。秀人はめげずにどこかで降ろされて歩いて帰って来てましたけど。

──車を降ろされるというのは秀人さんがふざけていたからですか? 旅行でも降ろされるのでしょうか。

母 旅行中はさすがに帰って来れないから降ろしはしませんでしたけど、お父さんが決めた行き先が気に入らなくて「僕は嫌だ」と言うと、「じゃあお前は歩いて帰れ」って。

──秀人さんの作品を観ていると、お母さまが頻繁に旦那さんとケンカをされているようなイメージを抱いてしまうのですが、実際はどうだったのでしょうか?

母 基本的に夫は気が短いので、話し始めるとまず「結論はなんだ?」って言うんですよね。私は別に結論じゃなくて、「こんなこともあった」というのを聞いてしほしくて話してるんだから、そうやって言わないでほしいと言ったんですけど。たぶん本人はわかってなかったと思います。だからケンカになりますね。

でもそれは、ケンカじゃないとも思うんですね。最初から考えがかなり違うふたりが話すので、「そうだね」とか「そうね」で収まる話がめったにないんです。最初から結論が全然違うところにある。決定的なことでケンカをしたのは子供のことくらいで、結婚する前から意見はもともと違うなと思ってました。それをケンカと言うのかもしれませんけど(笑)。

──意見が違うと思ったとき、毎回しょうがないと諦めていたのでしょうか。ご自身の中でどう消化されていたのかと。

母 消化はされないけど「これ以上話しても無駄ね」と思ってさっさと諦めます。夫が亡くなってからわかったことなんですけど、いる間はそういうやりとりで腹が立ってたけど、いなくなったら私はかなり夫の意見を基準にものを考えてたなと気づきました。

たとえば「これを話したら夫はどう言うかな?」というパターンがだいたいわかってたので、「たぶんこういうふうに言われるだろうな」と想像して、考えを軌道修正することがあって。揉めながら50年間暮らしてましたので、鏡をたまにチラチラ見ながら自分を直してるみたいな習慣がつきました。ものを考えるときの矯正力にはなってたと思います。

──「自分だけの考えに陥らないように」という、夫婦の意見が“違う”ことがマイナスなだけではなかったんですね。

母 私は結婚するまで学校の友達しか社会がなかったんですが、そこではみんなの意見がかなり似てたんです。「こう思うんだけどどう思う?」と聞くと「いいんじゃない?」って言ってくれちゃう人がむしろ多かった。

必ずしも夫の意見に賛同するわけではないですけど、そういう考え方もあるんだなってちょっと修正する材料にはなってた……ずいぶん失礼な言い方ですけど(笑)。

それ以上夫に言わせちゃいけないし、それ以上息子に聞かせちゃいけないと思った

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