岩井秀人「ひきこもり入門」【第4回後編】母に聞く、ひきこもった子供に親ができること


ひきこもった息子に対して母親ができること

──当時、人に自分の息子の状況について聞かれたとき、どう説明されていましたか。

母 あんまりいろんな人に言った覚えはないですけど、聞かれたら「学校に行けないでいるのよ」と言って、あまり隠すつもりはありませんでした。学校に行けないことが悪いこととか恥ずかしいことだとは思ってなかったので。

同級生でも不登校の人が何人かいたんですよね。今でもつき合いがありますけど、その子のお母さんは「このまま子供が学校に行かないんだったら一緒に死んじゃおうかって時々思うのよ」と言ってました。私はそういうふうには思わなくて、「死ぬんだったら自分だけ死んだほうがいいわよ」とずいぶんと冷たいことを言ったなと思いますけど。子供はなんとかしてやっていくものだと思うから、お母さんが死にたくなっても子供も一緒に死なせちゃダメよという話はした覚えがあります。

──もし、誰かに「ひきこもりの息子がいる」と相談を受けたら、どのように答えますか。

母 私が言えるのは、こっちから「こうしなさい」と言わないで子供が話すのをなるべく待って、真剣に話を聞いてあげるということ。世の中に情報がいっぱいあるなかで、その子はなかなか自分に合うものを見つけられなくて悩んでると思うので、「これはおもしろそう」と思うものがあったらまずは親が行ってみるとか。子供の部屋には入って行かずにチラシを置いておくとか。そういうのがいいんじゃないかなって思います。

よくあるんですけど、子供のことを聞かれるのが嫌だから近所の人にもなるべく会わないようになって、親がひきこもっちゃうんですよね。近所の会じゃなくていいから、ひきこもりの親の会とかいろんなものに参加して「うちもそうなのよ~」と言えるだけで楽だから、そういうところを探していくといいわよというのは相談された方には言いました。

秀人が外に出て大学に行ったあとですが、私自身、ひきこもりの子を持つ親の相談を受けることを仕事としてもやりました。全国からご両親で出ていらっしゃるんですよ。近くでは恥ずかしくて相談できないけど、東京に出てくれば大丈夫ということで。

たとえば親戚に農業してる方がいらっしゃったら、「人手が足りないから手伝いに来てくれない?」と声をかけたらどうですか?とか提案をするんですけど、たいていの方が「親戚には一番知られたくないから頼めない」っておっしゃるんですよ。

「世間体を考えてるよりも今そのチャンスを逃したら、というふうに考えられません?」と言っても、やっぱり地方で近所の人のことは誰もが知っていて、しかも旧家だったりすると、まわりには言えなくなりますよね。

私は秀人に最初に、「イタリアの農場にひとりで行く」というのを勧めたんですよ。広告か何かで見て、聞いてみたんですね。私はとてもいいと思ったんだけど、秀人は「とんでもない」と。確かに家の部屋の中から急にイタリアに行けと言っても無理だと思いました(笑)。

ひきこもりの更生のための生活寮に住んでる方々に話を聞くとみんな共通して、「田舎(実家)に帰りたいけど、帰ると駅に降りただけで、あそこの息子が帰って来たけどどうしたんだろうとか言われちゃうから、故郷に錦を飾るかたちじゃないと帰れないんです」とおっしゃる。

──地域によってまた問題が違うんでしょうね。

母 東京が一番ほっといてくれる街なんだと思うんですね。地方だとそれこそ叔父さん叔母さんだの近所の人が心配してはくれるんだけどそれでいろんなことをおっしゃるので親もかなり負担だし、それこそ本人も外をブラッと歩いてただけでも話題になっちゃったりするところもあって、やっぱり難しいですよね。

──以前、秀人さんがお母さんの仕事の話をされて、「ああいう仕事(臨床心理士)をしてた母親が、ひきこもっていた自分の息子をどう思ってたんだろうな」としみじみ話していました。

母 最初は、そういうことを予防したり相談に乗ったりする仕事をしてるのに、自分のうちに不登校の子が出ちゃったのは自分に足りないところがあったんじゃないかと思ったりしました。でもそのときは、自分にもやっぱり「不登校はよくない」という価値観があったと思うんですね。

でも、同じ悩みを持つ方々とお会いして、話すなかで、自分自身が変わってきたように思います。ひきこもり、不登校はどこにでも起こりうる。そういう仕事をしていたぶん、デリケートに考え過ぎてたところもあったんだろうとも思います。

秀人がひきこもってたとき、一番心配したのは精神病でした。私は精神病院にも長く務めていました。精神病は思春期の終わりくらいに発病する方がすごく多いので、そこは心配してました。今まで身に付けてたものをフル稼働させて、なんとかそこからは引き戻してやりたいなとは思ってました。

──今は秀人さんも結婚されて、奥さんと娘さんと、お母さんと同じ敷地内にお住まいです。

母 特別なお話はしないですけど、家の前で1日置きくらいには会いますよ。結婚したら一緒にいる時間が長くなると思って結婚したんだろうに。「秀人がどこかに行ったきりになったりして悪いわね」と奥さんに言ったら、「慣れてみると楽なもんです」とか言ってました(笑)。すごくいい家族だなと思って、よけいなことは何も言わないです。ちょっとお父さんの生活が不規則でよくないなとは思いますけど。

──どうしてそういう家族になったと思われますか。

母 ひとえに奥さんがいいんだと思いますけど。お互いをよく理解してて、信頼し、尊重してるんだと思います。秀人が変な時間に帰って来て変な時間に出て行くような不規則な生活をしてても、奥さんがいらない心配をしない。

奥さんも娘も、秀人たちと一緒の大きなグループの中にいるみたいな感じがあるんじゃないですかね。私たち夫婦と家族を題材にした秀人の芝居『夫婦』を、親子一緒で観に行ってるくらいだから(笑)。

■岩井秀人「ひきこもり入門」第5回は2020年12月下旬配信予定

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  • 岩井秀人 最新情報

    ハイバイでは9年ぶりの再演となる代表作『投げられやすい石』が11/18(水)より東京芸術劇場を皮切りに、長野、三重にて上演予定。各種チケット受付中、詳しくは公演特設サイトにて。

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  • 【連載】ひきこもり入門(岩井秀人)

    作家・演出家・俳優の岩井秀人は、10代の4年間をひきこもって過ごした。
    のちに外に出て、演劇を始めると自らの体験をもとに作品にしてきた。
    昨年、人生何度目かのひきこもり期間を経験した。あれはなんだったのか。そしてなぜ、また外に出ることになったのか。

    自分は「演劇ではなく、人生そのものを扱っている」という岩井が、自身の「ひきこもり」体験について初めて徹底的に語り尽くす。

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