老害になっていく俺たちへ──サブカルリベラルおじさんの限界

2022.7.6
ヒラギノ游ゴ

文=ヒラギノ游ゴ 編集=梅山織愛


映画、音楽、お笑い、マンガなど、生活を豊かに彩るさまざまなポップカルチャー。

時代の移り変わりと共に、これまで見過ごされてきてしまっていたようなことが次第に問題として提起されるようになってきている。それぞれのシーンを構成するオーディエンスの一員として、誇りを持っているためにできることとは。


愉快な趣味人おじさんであるために

3歳の友達ができた。現状割り当てられた性でいうなら男の子だ。彼と接するのが怖い。自分が子供のころ、手本にできる大人の男性がいなかったから。彼にとっての自分も同じことなんだろう──そういう思いがどこかにある。

今自分が仕事で扱っているポップミュージック、お笑い、マンガ、映画といったポップカルチャーには、思春期の退屈から救い出してもらった大恩がある。3歳の彼をはじめとした年齢ひと桁台の友達たちにとっての自分は、そういうカルチャーの紹介者でありたい。趣味人で愉快な“ジョーイおじさん”でいることに矜持を持ちたい。

フルハウス
親友の亡き妻に代わって、親友の義弟と共に子育てに取り組む「ジョーイおじさん」が登場するドラマ『フルハウス』

ところが、自分が子供のころ音楽誌や映画誌、ファッション誌、ラジオなどで認知したサブカル界のおじさんたちには概して明確な苦手意識がある(そもそも「サブカル」って最近言わなくなったな……としみじみ思うのだけれど)。というか、はっきりとそれらを反面教師として、そういう苦手な要素のないカルチャー系のライターになりたい、というのが思春期の自分の夢だった。当時の自分の言葉で言えば、「女の人をバカにしてない感じのサブカルおじさんになりたい」。

テレビでは見せない強烈なミソジニーを深夜帯の独壇場でここぞとばかりに発露するラジオパーソナリティ。
自ら業界をシュリンクさせるような、スノッブで排他的な姿勢をひけらかすファッション界の重鎮。
批評のはずが“この音楽を聴いている自分”についての自己陶酔的な散文詩を綴る音楽ライター。
“女子供にはわからない映画”などと宣い仲間内で盛り上がる映画ライター。
日本のアイドル文化のトキシックな側面に責任を負わず無反省に消費する芸能ライター。

そういうふうにならずに、いかにサブカルで身を立てていけるか。今なれているのかはわからないけれど、子供のころからの指針になっている。

端的にまとめるとこうだ。子供のころからサブカルが好きだった。ただ、手本にしたいサブカルおじさんはいなかった。だから今後どうなっていけばいいのかわからない。

カウンターではいられない

子供のころに抱いていた苦手意識には根拠があるということが年々わかってきた。

自分たちの庭で起こった言い逃れのしようのないハラスメントについて、加害者擁護とヴィクティムブレーミングに躍起になる連中。
海外アーティストの日本でのファンダムが自分の望むほど盛り上がっていないことに気を悪くして、「若者」や「女」に責任の所在を求める業界人。
ハイブロウな知識を商売道具にしていながら、ネット上の恐ろしく低レベルなミソジニーやトランスフォビアに安々と乗っかっていってしまう“文化人”たち。
作品のフェミニズム的な要素に対して無知蒙昧な“批評”を展開してファンダムをドン引きさせる評論家。

幼い自分が苦手意識を感じていた部分が、時代を経て“問題”として取り沙汰されるようになってきている。

彼らは世間のメインの潮流に対する痛快なカウンターだった。マスコミの構造上、リベラル寄りの風土が醸成されやすいこともあり、メインストリームからの疎外感を抱く人間たちと共鳴しやすい部分があっただろう。その上で、各々の専門領域に根ざした知見を通して、冴えた“プランB”の価値観を提供してくれる存在だった。ただ、悲しいくらいに過去形だ。

映画や音楽などの作品の背景にある権利闘争の歴史や新しい時代の価値観について、彼らは雄弁に語ってきた。ところが自分たち自身の話となると、彼らの知見に心震わせてきたファンを失望させるような顛末になる、という事例がどれだけあるのかは周知のとおりだ。

もちろん全員がそうだという話ではないけれど、かつてのようなレプリゼンテーションではもう通用しない。ジェンダー論や社会的公正についてシビアにアップデートをつづけていないとすぐに“バレる”。若者の鬱憤を代弁し、手本であり得たサブカルリベラルおじさんの限界が顕になり始めている程度には、時代が進んでいるということなんだろう。

そしてこれを書いている自分自身もまた、試される年代に差しかかろうとしている。同年代の男たちは、自分を省みる客観性があればあるほどに、自分がおじさんになることに恐怖を抱いている。「俺はきっと老害になる」と、満月の前日の狼男のように肩を震わせてあいつは言った。「そしたらうしろから刺してくれ」とつづけて言って笑った。

上記のような話は何も業界に名の通った人に限らず、街場の人々にも言える。

退屈で窮屈な世間への痛快なカウンターのつもりでの言動が、本当に本人の思っているような意味を成しているか? 年齢を重ね、キャリアを重ね、とっくに既得権益側に回った(ことを自覚できていない)自分の言うことが、今でも若い世代と共鳴するか? 特権を持ちながらカウンターでいつづけることって相当に難しいはずだ。ほとんど不可能なくらいには。

若い感性を持ちつづけるイカしたおじさんによるパンクな発想のつもりで言っていることが、あのころあんなに嫌っていた年寄りの小言として聞かれている可能性は?

若いあの子たちは自分の言うことにうなずいているけれど、納得しているからじゃなくめんどくさいからだとしたら? 自分自身が昔だるいと思ったような、話にならないから対話を諦めて付き合う大人に、今、自分が、なっているとしたら。

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