ウクライナ侵攻で見解が炎上する著名人の本質とは?『フェイクドキュメンタリー「Q」』で考える「収拾」の困難(マライ・メントライン)

2022.4.9
マライサムネ

日本在住ドイツ人、マライ・メントラインが、映像作家・皆口大地を絶賛(『ゾゾゾ』の発起人)。シリーズ動画『フェイクドキュメンタリー「Q」』のすごさを考察していくうちに「説話的理性」の限界について思い当たり、「ウクライナ侵攻で見解が炎上する著名人」の本質が見えてきた。


ヤバみの本質を考える

ロシア軍によるウクライナ侵攻について、見解が炎上する著名人が散見されます。その世間的な批判ポイントは、おおよそ

・浅い!
・安直!
・不完全な知識で偉そうに言い切るな!

というもので、状況を的確にキャッチアップしながら日々真摯な分析コメントを発しておられる専門家の方々に比べて実際そういう面はあるだろうなと思いつつ、しかしヤバみの本質はそれだけでもなかろう、と薄々感じておりました。すると先日、あるYouTube番組を観ていて「これか!」と納得できるところ大だったので、今日はそのあたりについて述べたいと思います。

『フェイクドキュメンタリー「Q」』がすごい

事故物件ネタなど、「実話怪談」というジャンルが今何気に活況を呈しております。といってもタピオカティーみたく消耗度の激しい残念な大ブームになることもなく、活字媒体と映像媒体の双方で淡々とつづいているのがファンとしてはありがたい。そして映像媒体側に『ゾゾゾ』という人気YouTubeチャンネルがあります。ご存じでしょうか? 心霊スポット/廃墟探索系ですけど、とにかく映像の、というか演出・編集のクォリティとセンスが抜群に素晴らしい。私自身が本職で映像制作に携わっていることもあり、そのへんについては断言できます。2022年4月5日時点にてチャンネル登録者数76.5万人という数字は伊達じゃない。

【総集編】番組を総ざらい!恐怖詰め合わせ!はじめてのゾゾゾ

で、その演出・編集のキーマンと思われる『ゾゾゾ』の中枢、皆口大地氏が最近、『フェイクドキュメンタリー「Q」』なる実験的な動画チャンネルを分家っぽく作りました。これは『2ちゃんねる』の「洒落怖」(【死ぬほど洒落にならない怖い話を集めてみない?】)系スレッド記事の地味な精髄をモキュメンタリーとして再構築したような映像を紹介する場で、そもそもタイトルで堂々「フェイク」と謳っているメタ的な自信たっぷり感が素晴らしい。関連があるのかないのか不明な12の断章的映像がじわじわと公開されていく構成で、登場する人たちの雰囲気がものすごく「自然」なんです。実は「フェイク」という看板こそフェイクだったりする罠ではないかという説がコメント欄に押し寄せずにいられない、そういう歯ごたえのあるコンテンツです。

ちなみにはっきり言いましょう。デヴィッド・リンチ作品のファンなら無条件におすすめです。作品内で展開するネタやストーリー以上に、ネタを仕込む執念とセンスが怖い。怖過ぎる。たぶん心霊よりも皆口氏のほうが数段ヤバい。


ネタバレが気になる方は先に動画をご覧ください

そんな【フェイクドキュメンタリー「Q」】の断章のひとつに『祓』という映像があります。今回のお話のツボはこれです。コイツです。これからネタバレでいろいろ述べますのでよろしくお願いします。ネタバレは文化的仁義に反する、というのは私も承知しておりますが、真にオモシロな作品の場合、ネタバレしていようがなんだろうが鑑賞時の感興は不変なのでオッケー!と判断して先に進めます。どうしても気になる方は先に動画をご覧ください。であれば万事まるく収まります。

この映像はお祓いを済ませておりません - Exorcism『Q』(全12回)Q4「祓 ─はらえ─」

『祓』は、「これは霊媒師が宣伝用に撮影したVTRである」という触れ込みで始まります。地方在住の夫婦の家を訪れ、何かの霊に憑依されて困っている(無意識で徘徊とかしちゃう)奥さんの除霊を行います。霊媒師は「あーこれは〇〇ですから」みたく手慣れた感じで作業を進めるのですが、途中で次第に様相が変わってコントロールが利かなくなり、どうしようもない雰囲気のなか「失敗や!」と口走って、

そこで終わり。

そう、映像がそこで終わってしまうのです。オチは一切ありません。獣のような唸りを上げながら、床でのたうち回り始めていた奥さんはどうなったのでしょう。説明なしです。

この映像、ホラー愛好家じみた視点からだと、あのシーンにあり得ない人影が映りこんでてウンヌン、みたいなのが焦点になるのですが、それより何より投げっぱなしで終わりという衝撃さが素晴らしい。この手の作品のお約束として、除霊成功の場合はもちろん、失敗した場合もそれなりのオチというか収拾めいたものがあるはずで……と思いかけて、気づきました。

「収拾」とはいったい何か?

炎上著名人に擬しながら動画を観てみると……

よく考えるとそれは、日常感覚の延長や応用で「現象を説明づける」方便に過ぎないともいえます。だから、実際に日常レベルな問題に対する解法としては有効だけど、人間的道理の枠外の存在にそれを当てはめて実際どんだけ有効なのかは、本当は謎です。というか、たぶんあまり有効じゃない。

でもって、連想的に思ったんですよ。ウクライナ侵攻問題で妙に炎上するコメンテーター的な人たちはイデオロギー的にどうのという以前に、日本の市井の日常感覚っぽいというか説話的なというか、とにかくその手の文脈を駆使しながらあの戦争を包括的に説明して場を収拾しようとしたから、必然的に無理が出て自爆するに至ったのではないかなと。そんな知的技法が、列強諸国を悩ませるほどの理不尽さに通用するわけがない。というわけでたとえば、あの『祓』に出てくる霊媒師のおじさんを、いわゆる炎上著名人A氏やらB氏やらに擬しながら動画を観てみると、いろいろ深く感じ入ってしまうのです。

鬼才が撮ったホラームービーのほうが生半可なドキュメンタリーよりも遥かに現実をよく捉えている、というのは使い古された常套句ですが、実際やっぱそういうものなんだなと再認識した次第です。戦後の「説話的理性」の賞味期限切れが隠し切れなくなっている昨今ではなおさらのこと。
というか、そもそもホラーや実話怪談の傑作は、人間の安直な理解を拒むような巨大な非理性的システムの部分的な顕現の話だったりするわけで、たとえば国際パワーゲームの得体の知れない厄介さや恐ろしさに直面するための最初の関門として、意外と現実的に有用な存在かもしれないと思ったりします。

それにしても皆口大地氏は素晴らしい。いずれドイツ公共テレビの建前を借りて取材してみたいです。


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マライ・メントライン

翻訳(日→独、独→日)・通訳・よろず物書き業。ドイツ最北部、Uボート基地の町キール出身。実家から半日で北欧ミステリの傑作『ヴァランダー警部』シリーズの舞台、イースタに行けるのに気づいたことをきっかけにミステリ業界に入る。ドイツミステリ案内人として紹介されたりするが、自国の身贔屓はしない主義。というか..

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