「あいつ陰キャだろ」と話す声にドキッとする日々
翌日以降、喫煙所でタバコを吸っていると確かに誰も彼もが「おっす」と気安く挨拶をしたり、「昨日のスナックの酒まだ残ってますわ」など、一緒に飲みに行ったと推測される会話を交わしている。ただ、話を盗み聞きする限り、彼らは合宿後半に差しかかった人たちばかりで、新人の私がいきなりコミュニケーションを図ろうとするのは不自然に思えた。
何日か経てば放っておいても誰かが話しかけてくるだろう。そこから毎日、毎休憩ごとに喫煙所でタバコを吸っていたが、3日経っても4日経っても誰も話しかけてはこなかった。初日のバスでしゃべった中年女性も喫煙所でよく顔を合わせたが、彼女はそのフランクさでヤンチャそうな若者グループに溶け込んでおり、私と再び言葉を交わすことはなかった。
私よりあとから合宿に入った人たちも「どこから来たんですか?」などと話しかけられ、自然と仲よくなっていく。なぜ私には誰も話しかけてこないのだろう。そんなとき、自ら話しかける選択を取ることなく、「ひとりでいることをまったく気にしていない男」の顔を作ってしまうのが私の悪い癖だ。
ただ、日を追うごとに、話し相手がいないことのストレスを実際に感じなくなり始めてもいた。教習のスキマ時間も、ひとりでスマホをいじったり本を読んだりしていればすぐに過ぎていく。たまに若者たちが「あいつ陰キャだろ」と話す声が聞こえれば自分のことかとドキッとするくらいで、それ以外の支障は特になかった。
久しぶりに思い出した“クラス替え直後の疎外感”
佐藤さんとの約束は果たせないが、やっぱり友達ができなかった方向性で行かせてもらおう、と勝手に軌道修正し始めていた合宿中盤。予期せぬタイミングで話し相手ができた。神奈川から来た20歳くらいの男子、川村くん(仮名)だった。
彼とは仮免の実技試験を受けるタイミングが一緒で、教官から「とりあえずそのへんで待機しといて」となんもない場所で待たされていたところ、手持ち無沙汰になった彼が「ずっとここで待機してて大丈夫なんですかね」と話しかけてくれたのだ。
ひと回り以上も年下の若者に向こうから話しかけさせ、人と仲よくなるきっかけができたとうれしくなっている自分が情けなかった。ただどうやら彼も今まで話し相手がいなかったようで、そこからはお互いに牽制し合いつつも機を見計らって1日に数回声をかけ合うようになった。「ほかにも友達できた?」と聞いてみると、川村くんは「マジこの合宿、知能が低いヤツしかいないんで話したくもないっすよ」と陰険なことを言っていたが、とりあえず私は彼のお眼鏡に適ったようだ。
彼の宿舎ではヤンキー寄りの人たちが毎晩宴会を開き、何やら卑猥な行為などもしているらしい。そんな噂を喫煙所で小耳に挟んだ。大人しい川村くんは乱れた環境で肩身の狭い思いをしているようだ。
お互いほかに話し相手のいない私たちは少しずつ交流を深め、卒業試験の前日、「東京から友達が動画撮りに来るから一緒に飲みに行こうよ」と誘うと、彼はいつものローなテンションのまま「そうっすね」と受け入れてくれた。
その夜、待ち合わせ時間になっても川村くんがやってこない。どうやら降りる駅を間違えたらしい。私は40分ほど待たされた挙げ句タクシー代まで払ってあげたのに、彼は特に謝りもせず堂々としており、肝の据わった男だと思った。ただそんなことより彼が約束を反故にせず、ちゃんと来てくれたことに安心した。
東京から来た佐藤さんと合流した私たちは駅前の魚民で飲んだあと、ヤンキーが喫煙所で話していたのを聞いて以来興味を持っていたスナックに移動し、カラオケを歌った。川村くんは特に盛り上がっているわけでもなかったが、私の目からはそれなりに楽しんでいるように見えた。
翌日、ふたり共無事に卒業検定に合格し、教習所のバスで駅まで送ってもらったあと「東京来るときあったらまた連絡してな」と言って別れた。
以上が、私の免許合宿だ。夢で見た学校への憧れを追体験できたのかは微妙だが、クラス替え直後の疎外感を久しぶりに思い出すことはできた。
毎晩宿舎で持て余すであろう時間を、「曲をたくさん作る」「小説を書く」という密かな目標に充てようとしていたものの、曲は30秒ほどのデモをひとつ作ったのみで、小説は1文字も書けなかった。そもそも小説は今までも書いたことがない。テレビを観たり携帯をいじったりしているうちに時間は過ぎていった。15冊ほど持参した本も3、4冊しか読まなかったが、自分への言い訳のように再読した保坂和志氏の著作『書きあぐねている人のための小説入門』(中央公論新社)は改めて名著だと思った。小説に限らず、何か創作を志す人は読んだほうがいいと思う。
関連記事
-
-
サバ番出演、K-POPへの憧れ、両親へのプレゼン…それぞれの道を歩んだ5人が、新ガールズグループ・UN1CONになるまで
UN1CON「A.R.T.」:PR