「韓国文学の邦訳って、女性作家が多いですよね」
さて、韓国文学といえば、『好書好日』ってサイトに掲載された鼎談録「あの本をなぜ紹介できなかったのか 朝日新聞文芸担当記者が語り尽くす第2回「とっておきすぎ読書会」前編(2021.9.29)における発言が、韓国文学出版に携わる方々の心をざわつかせています。
あまたの新刊本の中には、記者の心をつかんだ、とっておきの本があります。でも、「とっておき」すぎるあまり、長くとっておきすぎてしまうことも――。本を愛してやまない文芸担当記者3人が、諸般の事情で紹介しきれなかった本について語り合いました。参加者は山崎聡(35)、中村真理子(44)、野波健祐(54)です。
『好書好日』「あの本をなぜ紹介できなかったのか 朝日新聞文芸担当記者が語り尽くす第2回「とっておきすぎ読書会」前編(2021.9.29)より
という趣旨のもと展開する鼎談の中で、中村氏がファン・ジョンウン『ディディの傘』(斎藤真理子訳/亜紀書房)を紹介。
すると——。
野波 『82年生まれ、キム・ジヨン』はたしかにいい作品だったかもしれないけど、「『キム・ジヨン』とその周辺の韓国文学たち」になりすぎちゃったよね。
『好書好日』「あの本をなぜ紹介できなかったのか 朝日新聞文芸担当記者が語り尽くす第2回「とっておきすぎ読書会」前編(2021.9.29)より
中村 韓国文学イコールフェミニズム小説みたいになっちゃって。売れると同じ傾向のものを翻訳しようと思うからなんでしょうけれど。
野波 その前から韓国の現代文学が面白くなっているぞというのは文学村のなかではみんな言ってて。ゼロ年代からあったような気がするけど。どうなんだろうね、あれが代表選手みたいなことになったことに対して、韓国文学ファンのあいだでは。
中村 最初の入り口としては正しいのでは。「キム・ジヨン」の著者は次にまったくちがう小説を出して、それもちゃんと邦訳が出ましたから。
山崎 韓国文学の邦訳って、女性作家が多いですよね。どうしてなんだろう。
野波 昔は韓国は詩に重きが置かれる国と言われていたけれど、男性は小説なんか書かずに詩を書いているのかしら。どこか散文を下に見ているというか。
中村 2019年に邦訳『モンスーン』(姜信子訳、白水社)が出たピョン・ヘヨンに取材したとき、彼女から、日本で翻訳される韓国文学は30~40代の女性作家が中心ですけど、それは韓国の現状がそのまま反映されていると聞きました。韓国では数々の文学賞を女性が占めています。
山崎 そもそも本国で多いわけですね。
中村 乱暴な言い方ですが、抑圧から良い文学は生まれると思います。
野波 男性作家が何をしているのかはわからないままだけど、突然このブームが出てきた感はあるよね。
山崎 国が後押しして、文化として輸出しようとしているのは明らかですけど。
中村 日本の文化庁と韓国文学翻訳院のちがいですかね。
野波 それにしても性差があるようにみえる。このあたりを一度、きちんと取材して書きたいですね。記事にできないまま、作品がときおり書評で紹介されてるだけだから。
男性作家の作品のほうが多く翻訳されていたら
特に韓国文学にイレ込んでいるわけではなく、海外文学全般を好んで読んでいるわたしからすると、この鼎談自体はいい企画だと思うし、韓国文学が数多く翻訳されるようになった状況を三氏とも基本的には言祝いでいるわけだからそんなに目くじらを立てるような内容ではないと思います。
が、しかし、もしも、男性作家の作品のほうが多く翻訳されていたら「韓国文学の邦訳って、男性作家が多いですよね。どうしてなんだろう」という疑問が出てきたでしょうか。出てくるはずがありません。どうして女性作家の作品のほうが多く出ると、それを問題視する「それにしても性差があるようにみえる」なんて発言が出てきてしまうんでしょう。
韓国が自国の文化を輸出することにお金をかけていて、斎藤真理子さんをはじめとする優れた翻訳家が存在してくれているおかげで、日本でもかの国の素晴らしい現代文学が続々と訳されているわけですが、そうした作品は当然、韓国文学の目利きの精査を経て翻訳出版されているわけです。結果、女性作家が多くなっているのであって、『82年生まれ、キム・ジヨン』が売れた(話題になった)から、フェミニズム文学ブームに乗ったからではないことを、わたしはよく知っています。
新聞の文芸記者なら、日頃からアンテナを張っていればそんなことくらいわかっているはずだし、もし韓国文学に不案内なら調べた上で鼎談に臨むべきで、つまり、この引用箇所において、山崎氏と野波氏は新聞記者としての脇の甘さを露呈してしまっているわけです。
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