森喜朗の女性蔑視発言に起きた「笑い」の正体 <愛想笑いと日本人>(中川淳一郎)
2月3日、東京オリンピック・パラリンピック大会組織委員会で森喜朗会長が「女性がたくさん入っている会議は時間がかかる」発言。国際オリンピック委員会(IOC)も「著しく不適切だ」と声明を発表するなど、国際問題にまで発展した。問題を受けて組織委が12日に記者会見を行い、森会長は辞任を表明、後任には一時、川淵三郎氏の名前が上がっていたが、辞退を表明するなど、混乱がつづいている。
ネットニュース編集者の中川淳一郎は、多くの政治家の失言には「愛想笑い」がセットになっていると指摘し、有力者に忖度して「愛想笑い」をせざるを得ない日本社会とその国民性に疑問を呈する。
森会長の発言に起きた「笑い」の正体
森喜朗・元大会組織委員会会長が「女性蔑視発言」を受けて辞任した。同氏の舌禍事件の問題については、さまざまな人が意見を述べているのでここではその点については深掘りしない。私が問題視したいのは「愛想笑いと日本人」である。
今回の森氏の演説では「(組織委員会の女性は)皆さん、わきまえておられて」の部分で「笑いが起きた」という証言が出ている。さもありなん、と思った。
エラい人が演説をする場合、聴いている側には「どこかで笑ってあげなくてはいけない」という忖度が発生する。特段おもしろいわけではないが、若干自虐の入った話やら、その人が常日頃から「参ったよ……」などとボヤいていることを公の演説で述べたら「ここは笑ってあげよう」となるのだ。その認識をその場にいる多くの人間が共有しており、連帯して「ドッ!」と笑いが起きる。これが中高年男性が多く集まるパーティーや会合での定番となっている。
「ここで笑わなくては」という空気
たとえば、裸一貫、田舎から出てきて一部上場企業を築き上げた男性が80歳になり50歳の息子に社長の座を譲り、自分は会長に就任することを発表する会があったとする。息子は社内では「頭はいいし後継者としても申し分ないが、放蕩息子としても知られている」存在だとする。父親と息子(慶一郎)がスピーチをするとこうなる。
父:えぇ、私ももう80ですからね、17で東京に出てきてから63年、髪の毛は抜けるは、入れ歯になるは、もう私の身体も相当悲鳴を上げておりましてね。マッ、ここは慶一郎に継がせるよい機会かな、とも思ってました。「英雄、色を好む」なんて言いますが、髪・入れ歯だけでなく、もう15年、アチラのほうもとんとご無沙汰でね。
参加者:ドッ!
この男性が65歳のときに愛人の存在を週刊誌にすっぱ抜かれたときのことを参加者は皆知っているため、「アチラの方もとんとご無沙汰」発言は「笑いのポイント」になっているのだ。完全にこれもセクハラ発言なのだが、「会長」の十八番のスピーチとなっているため、「ここで笑わなくてはならぬ!」という空気になってしまうのだ。そして、息子・慶一郎はこんなスピーチをする。
慶一郎:まぁ、私も20代のころはここにいらっしゃる皆さんに迷惑をかけたことだと思います。あるときなど経費を使い過ぎて、お局さんとして知られる吉田さんから「慶一郎君、キミはもう今年は経費1円も使っちゃダメよ!」なんて言われてしまいまして…
参加者:ドッ!
慶一郎:社長になったらそんなあと先考えないようなことはせず、着実な経営をし、社員の皆様の生活を守りたいと考えます。いや、「三つ子の魂百まで」というから無理かな……(と頭をかく)。
参加者:ドッ!
会長・社長という社内ではNo.1とNo.2を前にし、下っ端は「ドッ!」とやるのがもはや役割になってしまっているのだ。そうでもしないとこのエラいふたりの顔に泥を塗ることになる。
今回の森氏の発言について勝手に想像すると、森氏もたじたじになる女性の委員がいて、その人が舌鋒鋭く森氏をやり込めた、なんてことがあったのかもしれない。その様子を知っている人の間では「ドッ!のやりどき」だと感じたのかもしれない。
「エラい人を不快にさせない」ための愛想笑い
「愛想笑い」というものは、組織体では常に存在する。業界の大御所が登場する会議(オンライン会議含む)では、その大御所が楽しそうにしゃべっている一方で、愛想笑いを浮かべつづける若手の姿を見ることができるだろう。
おそらく、愛想笑いは弱者が「嫌われない」「エラい人を不快にさせない」ために必要な武器になっているのだ。
私自身の話をすると過去、クライアント企業主催の飲み会に参加したことがあるのだが、相手の役員のジョークや武勇伝には「ドッ!」が何度も出た。彼の話の最中はニヤニヤとニコニコの間のような若干引きつった笑いが存在する。そしてなぜか全員が彼のほうを向き、腿の上に両手を乗せ、適宜大きく頷いている。
私は彼の話がおもしろいとも思えなかったので、聞いてはいたものの、無表情だったし、「ドッ!」にも参加しなかった。途中、私の上司が「中川、ちょっと……」と外へ連れ出した。
「なんでお前は〇〇さんの話の時に表情をこわばらせているんだよ?」
「いや、別にこわばらせておらず普通の表情ですが」
「あのさ、満面の笑みとまでいかずとも笑顔でいてくれよ」
「いや、何がおもしろいのかわからないので。おもしろい話が出たらちゃんと笑いますよ」
上司は私のこの態度にはあきれ果ててしまったようでため息をついていた。
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