「ドラフト最下位指名」から学ぶプロ野球の希望と絶望

2020.10.31

“再生された男”田畑一也

今年のドラフトでは、直前にひじの手術を受けてリハビリ中にもかかわらず指名された選手、故障上がりにもかかわらず上位指名を勝ち取った選手が何人もいる。過去にもそんな「ケガを乗り越えての指名」を勝ち取った選手は少なくない。

たとえば、“再生された男”田畑一也
1991年のダイエー10位。この年の最終92番目にコールされた田畑は、あの名物司会者・パンチョ伊東がドラフト司会者人生の最後に名前を呼んだ人物、としても知られている。

ドラフト最下位。いいんじゃないですか。華やかな経歴があればまだしも、僕の場合はソレに相応しい経歴。肩を壊してノンプロを辞めて、家業を手伝いながら、居酒屋の野球チームで早朝野球をやっていた選手ですよ。逆に言えば、それより下のヤツがいちゃダメでしょう。

『ドラフト最下位』村瀬秀信/角川書店

こう自身の入団経緯を振り返るドラフト最下位男は、ダイエーからヤクルトに移籍後、大きく花開く。当時の野村克也監督の“野村再生工場”の最高傑作として、1997年に15勝5敗。古田敦也と最優秀バッテリー賞を受賞するまでに至る。

《“ドラフト最下位”は、上を目指すしかない僕には最高の称号だった》と語る田畑の姿は、本書の中でもひときわポジティブ。今年のドラフト下位指名の選手たちにこそ読んでほしい章だ。

“公式戦登板なしでプロ入りした男”と“育成の星になった男”

もちろん、福浦や田畑のような「ドラフト最下位から球界トップへ」という事例はかなりのレアケース。プロで大きなスポットライトを浴びずにユニフォームを脱いだ事例のほうが多い。

たとえば、“公式戦登板なしでプロ入りした男”高橋顕法
1992年広島8位。全体78番目に指名を受けた男の野球人生はちょっと常軌を逸している。高橋顕法の物語を読むだけでも、この本を手にする価値があると思えてしまうほど。

なにせ、中学でも高校でも試合に出たことがないのにプロ入りを果たし、プロでも一軍登板は1試合だけ、という「幻の野球選手」と呼びたくなる人物。今年のドラフトでソフトバンクから5位指名を受けた田上奏大(履正社高)は、公式戦登板ゼロでの指名、と話題になった。そんな田上の経歴も霞んでしまうほどのインパクトだ。

加えて、高橋はプロ入り後も先輩たちからの“かわいがり”、雑用、さらにはケガにも苦しみ、失意のうちに引退。だが、野球を捨てることはなく、やがて大学野球の指導者へと転身した。
《今はドラフトのときに胴上げもなかったような最下位の選手でよかったと思っているんですよ。人生で初めて胴上げされるなら、東北福祉大を倒して、こいつらにされたいですからね》という希望に満ちた文で締め括られる。

巻末に登場するのは、“育成の星になった男”長谷川潤
2015年の巨人育成8位。全体の116番目に名前を呼ばれた長谷川は、指導者になった“かつてのドラフト最下位選手”田畑一也コーチとの出会いもきっかけに一軍デビューを果たす。

結果的に、長谷川はわずか2年で戦力外通告を受けることになる。だが、自身のプロ野球生活と最下位指名を振り返り、こう語る。

下克上、最下位からの逆襲。僕の人生みたいでちょうどいいです。

『ドラフト最下位』村瀬秀信/角川書店

野球選手ならずとも、今の環境に苦しみ、もがく人にこそ届いてほしい言葉だ。

『ドラフト最下位』村瀬秀信/角川書店
『ドラフト最下位』村瀬秀信/角川書店

『ドラフト最下位』(村瀬秀信/角川書店)目次
公式戦登板なしでプロ入りした男 高橋顕法/再生された男 田畑一也/最下位から千葉の誇りになった男 福浦和也/最下位を拒否した男 高瀬逸夫/球団幹部に出世した男 大木勝年/日米野球でやってきた男 鈴木弘/隠しダマの男 清水清人/9並びの男 吉川勝成/ゼロ契約の男 橋本泰由/勘違いしない男 松下圭太/2年連続最下位指名を受けた男 由田慎太郎/ありえなかった男 三輪正義/ポテンシャルが眠る男 鈴木駿也/怪物だった男 伊藤拓郎/1と99の男 今野龍太/育成の星になった男 長谷川潤

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