80年前のベルリンが伝える「底知れない混沌と恐怖」。12歳の少年は何を奪われ、ある選択へ至ったのか?(石野理子『ドイツ零年』レビュー)

文=石野理子 編集=菅原史稀


2023年よりソロ活動を開始し、同年8月にバンド・Aooo(アウー)を結成した石野理子。連載「石野理子のシネマ基地」では、かねてより大の映画好きを明かしている彼女が、新旧問わずあらゆる作品について綴る。

第19回は、ロベルト・ロッセリーニ監督の『ドイツ零年』。第二次世界大戦後のベルリンを舞台に、焼け野原となった街と、そこで生きる少年の日常を描いた作品だ。戦後間もない実際の街並みを舞台に撮影された映像は、80年近く経った今なお圧倒的な現実味を放っている。

瓦礫と化した都市で、社会や大人たちの事情に翻弄されながら生きる少年。その姿を通して映し出されるのは、戦争そのものではなく、戦後に人々が背負い続ける傷跡。約80年前のベルリンの街並みは、現代を生きる私たちに何を訴えかけるのか。石野が、その静かな衝撃を見つめる。

※本稿には、作品の内容および結末・物語の核心が含まれています。未鑑賞の方はご注意ください

旅の隙間に見る世界

移動中は、映画鑑賞が非常に捗る。小さなスマートフォンの画面に映し出される世界に、自分の意識のすべてを一点集中させる。そして、ふと気づけば目的地に到着している。時間を持て余してしまいがちな移動中に映画を観終える、やんわりとした達成感。私はこの、旅の隙間に生まれる独特の満ち足りた時間が好きだ。

先月から、私は国内外を巡るツアーを行なっていた。そのため、まとまった移動時間がたくさんあった。あらかじめ「どんな映画を観ようか」と調べて考える時間はときめく。さらに、バンドメンバーやスタッフ陣と情報を交換し合うのも楽しい。

今回は、そんな先月の移動時間に鑑賞し、心に大きな打撃を食らった映画について書きたいと思う。

現実の“瓦礫の山”

ロベルト・ロッセリーニ監督の『ドイツ零年』。

ものすごくライトな心構えで再生ボタンを押してしまった。そして観終わったあと、その軽率さを激しく後悔することになった。しかし、もし事前にこの作品の重さを知り、自宅の部屋で「さあ、観るぞ」と身構えていたならば、観始めるまでに途方もない時間がかかってしまったかもしれない。移動中という、ある種日常から切り離された空間だったからこそ、私はこの作品に飛び込めたのだと思う。それにしても、想像を絶するほどに陰鬱で、あまりに衝撃的な映画だった。

第二次世界大戦直後のドイツ。当時12歳だった少年・エドモントの目線を通して、敗戦国のリアルが淡々と描かれていく。モノクロの画面には、劇中の季節を越えて、冷たくてどこか乾いた空気が漂っていた。そして、そのタイトルのとおり、敗戦によってあらゆる価値観や秩序がゼロになったベルリンが舞台だ。

画面に映し出されるのは、映画のセットではない。本物の、文字どおり粉々に破壊され、瓦礫の山となった1947年当時のベルリンの街並みそのものだ。映画が始まって早々に、私は悟った。これは単なるフィクションではなく、戦争がもたらした絶望と不条理を捉えた、ドキュメンタリーに限りなく近い作品なのだ、と。カメラはどこか遠くから俯瞰するようなショットを重ねていく。その淡々した視線に、かえって思考を揺さぶられ、話の行方から目を離せなくさせられた。

12歳の少年に宿った考えとは

父親は病床に臥せって働くことができず、元軍人の兄は戦後の国からの復讐や逮捕に怯えて、家の中に引きこもっている。そんなふたりの大人に代わり、エドモントは年齢を詐称してまで、あらゆる手段を使ってお金を稼ぎ、家族を養おうとする。彼らの自宅は他人の家を間借りしたもので、常にまわりの目を気にする肩身の狭い暮らし。日々の食事も、配給券で得られるわずかな量では到底足りず、家族全員が常に飢餓状態にある。

本来であれば、12歳のエドモントは学校に通い、友達と遊び、守られるべき存在のはずだ。しかし、家庭の事情がそれを許さない。彼は毎日、ひとりで廃墟をさすらいながら、家に少しでもお金や食料を持ち帰るために奔走する。しかし、稼いだなけなしのお金も、家賃や光熱費として消えていく。それなのに、働かない言い訳ばかりを並べる兄からはぞんざいに扱われ、エドモントにとっては我慢と搾取の連続だ。さらに、父親は自分が家族の重荷になっているという負い目から、常に「早く死にたい」と口にしていた。そんななか、ついに父親の病状が悪化し、入院することになる。

ある日、かつての小学校の担任に出会う。無垢なエドモントは久々の邂逅を喜んでいたが、私はエドモントの身体をむやみやたらに触り、撫で回しながら話す先生の様子に、気味悪さと不穏さを覚えた。

その元担任は「お金の稼ぎ方を教えてあげるよ」とエドモントを自宅に誘い、闇市での違法な商売の仕方を説く。特定の友達もおらず、その日暮らしの成り行きで出会う子どもたちと刹那的な会話を交わすだけだったエドモントにとって、先生の存在は大きかっただろう。

うれしさと、誰かに頼りたいという一心から、彼は父親が病気で弱っていることを相談すると先生は、この社会は弱肉強食であり、弱いものは淘汰されるべきなのだ、と言い放つ。 まだ善悪の境界線も曖昧な12歳の少年は、言葉をそのまま、真っ直ぐに受け止めてしまう。先生の思想に感化されたエドモントに、「父は、死んだほうがみんなのためになるのではないか」という考えが、静かに宿っていく……。

かつて確かに存在した惨さ

自分が生き延びることに精一杯な社会では、他者への思いやりや優しさなどというものは、真っ先に削ぎ落とされて希薄になっていく。むしろ、人は環境次第で、いくらでも意地悪になれるし、簡単に悪に染まってしまう。そしてその歪みのなかで、大人の都合に振り回される子どもたちは、ただただ大切なものを奪われていく。 生きることにどこか凛とした希望を携えているようだったエドモントの瞳から光が失われていく様はあまりにも悲しかった。社会的にも精神的にも、逃げ場のない決定的な場所へと追い詰められていく彼の姿を見てやるせなさに包まれた。

ロッセリーニ監督がこの作品で描いた「零年」という言葉。それは、決して希望に満ちた戦後の「新しい再出発」を意味するものではなかった。むしろ、それまで人間が信じてきた「正しさ」や「倫理」のすべてが通用しなくなった、底知れない混沌と恐怖の始まりを表しているようだった。

鑑賞後、調べてみると、この映画は「ネオレアリズモ(新現実主義)」という映画史の大きな潮流を代表する作品として位置付けられていることを知った。第二次世界大戦中から戦後にかけてのイタリアで起きた、ありのままの現実をフィルムに収めようとした運動だ。

この、かつて確かに存在した戦後の惨さを、これほどまでにありありと描き出した「ネオレアリズモ」という表現の歴史について、もっと深く勉強してみたい、という強い衝動に駆られていた。あの重苦しい移動時間の余韻は、今も私のなかに残り続けている。

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石野理子

(いしの・りこ)2000年10月29日生まれ。広島県出身。2014年、アイドルグループ・アイドルネッサンスのメンバーとして活動スタート。2018年、同グループ解散後、バンド・赤い公園のボーカリストに就任。2021年に解散。2023年よりソロ活動を開始し、8月に、バンド・Aooo(アウー)を結成。また..