アニメ評論家の藤津亮太が『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』空前の大ヒットからアニメビジネスの今後を考察する。
作りとしては、コアなファン向け
現在大ヒット中の『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』は異例の存在だ。そもそも新型コロナウイルス感染症の流行という情勢そのものが過去に例のない事態なのだが、異例なのはそれだけに留まらない。今回は、その異例さを確認し、仮説を立てることで、これからのアニメのあり方を考えてみたい。
改めて説明するとマンガ『鬼滅の刃』は『週刊少年ジャンプ』の連載作で、2019年4月からテレビアニメ全26話が放送された。鬼に家族を殺された少年・竈門炭治郎が、鬼殺隊という組織に入り、努力を重ねながら鬼と戦っていくというストーリーだ。テレビアニメは1巻から6巻(正確には7巻冒頭の第53話)までを描いており、今回の『無限列車編』はそのつづきにあたる、7巻から8巻の途中までを映画化したものだ。また、原作自体は2020年5月に連載を終了し、すでに22巻まで発売されている。
『無限列車編』で異例な点は大きくふたつある。
ひとつは本作が「途中から始まって途中で終わる」映画という点だ。当然のことだが、映画のセールスにおいて、その作品だけで完結していないということはネガティブ要因である。特に今回は炭治郎がなぜ鬼殺隊にいるのかというそもそもの部分がなく、そういう“見通しの悪さ”は、一見さんのハードルを高くする。もちろんこれが「コアなファン向けの作品」であれば問題ない。設定を理解している人だけが観に来るからだ。もし、いわゆる一般層までリーチしようと思ったら、劇場版『名探偵コナン』のようにアバンタイトルの部分で基本設定を説明するなどのフォローが必要となる。
今回の『無限列車編』にそういうフォローはない。その点で、作りとしては「コアなファン向けの作品」になっている。おそらくそのつもりで制作していたのであろう。にもかかわらず幅広い観客が劇場を訪れた。そこがまず「異例」なのである。
配信サービスと単行本の果たした役割
では、そこで何が起こっているのか。まず広く指摘されているとおり、『鬼滅の刃』のテレビシリーズはさまざまな配信サービスで観ることができる。そのためテレビシリーズを観て、その延長線上で劇場版を観に来た人が多かったということが考えられる。また品薄とはいえ単行本もまとめ買いもしやすい分量で、こちらもアクセスのための心理的ハードルは低かっただろう。この配信サービスと単行本の果たした役割を、『鬼滅の刃』が広がっていくメカニズムのなかでもう少し具体的に想像してみたい。
『鬼滅の刃』の人気は、アニメ化されたことで大きくブーストされた。2019年4月の段階でシリーズ累計発行部数は約350万部。これがアニメ化を経て、2019年12月の18巻のときには約2500万部以上に達したという。紙の単行本がこれほどまでに多く売れたのは電子書籍を購入できない子供が購入したからとも言われているが、この“子供への浸透”が「異例」の事態を支える大きな原動力になったのではないか。
一般的に深夜アニメは小学生のアクセスはあまり多くなく(ただし配信サービスの普及で近年変わりつつあるが)、中学生以上になると録画などで観始めるケースが多い。この状況から考えると、中学生以上の深夜アニメを録画で観る層がまずアニメ『鬼滅の刃』を“発見”し、その情報が下級生や弟など下の世代へと伝わっていったのではないかと考えられる。一方で現在の全日帯のテレビアニメは、小学校3〜6年生が観たくなるような作品は手薄く、ジャンプ作品のアニメ化も基本は深夜アニメが中心である。そこに、少し上の世代を経由して『鬼滅の刃』の情報が入ってきたため、本来的な少年ジャンプのターゲットとうまくマッチし、その結果が単行本を買うという行動につながったと想像できる。上の世代から教えられたという「少し背伸びした感じ」と『鬼滅の刃』のダークでハードな雰囲気がうまく噛み合ったこともあるだろう。
こうした子供たちの広がりが想定できる一方、親たちはどうなのか。映画館には親子連れの姿も多く見られた。現在の小中学生の親は、団塊ジュニア世代からポスト団塊ジュニア世代で、この世代は『週刊少年ジャンプ』が売り上げを伸ばしていく80年代後半から90年代半ばに子供時代を過ごしており、ジャンプ漫画から“卒業”していたとしても、親和性は高い世代だ。こうして次は子供を経由して、大人も『鬼滅の刃』と出会うことになる。単行本を買うほどではないが、ちょっと試しに観てみようという層にとって配信サービスは非常に気軽にアクセスできる媒体なのだ。この層には、主題歌「紅蓮華」を歌ったLiSAが『紅白歌合戦』に出場したというニュースも、視聴動機の一因になっただろう。
以上は仮説にしか過ぎない。実際はもっと複合的な状況の重なり合いによって成り立っているだろう。だが「お兄さん・お姉さんの世代が好きなものは下の世代も好む」「子供と親で同じコンテンツを楽しむ例が増えている」といったよく指摘されるポイントを念頭に置いた上で、『鬼滅の刃』を取り囲む状況を見ると、以上のようなストーリーを考えることはじゅうぶんできる。そして、このようなキャズムの超え方をしている予兆を見逃さず、400館という「コアなファン向け作品」ではあり得ないような、大規模な映画館での公開に踏み切ったことで、「途中から始まる映画」がヒットしたのではないだろうか。
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