水島新司作品の露出が少ない……『水曜日のダウンタウン』でも扱えなかった現状を悲しむ

2020.9.30

野球マンガの歴史を語る雑誌で、水島作品だけ書影が載らない謎

まずは「1」について、具体的事例を振り返ろう。
2014年と2015年、野球日本代表「侍ジャパン」を盛り上げるため、時代や出版社の枠を超えて「野球マンガ日本代表」が選定されて話題となった。

選ばれたのは、集英社からは『キャプテン』『プレイボール』の谷口タカオ、『ROOKIES』の川藤幸一。小学館からは『タッチ』の上杉達也と『MAJOR』の茂野吾郎。講談社からは『おおきく振りかぶって』の三橋廉、『ダイヤのA』の沢村栄純、という顔ぶれだ。

このラインナップが発表された際、「『ドカベン』や『あぶさん』を入れずに“野球マンガ日本代表”を名乗るのなんてダメでしょ」という声はもちろんあった。

いったいどんな大人の事情があるのか? 背景が見えてきたのは、この「野球マンガ日本代表」を中心に紹介するムック本『野球マンガ大解剖』(サンエイムック※2015年9月発行)のページをめくったとき。「野球マンガの歴史」をまとめたページで、水島作品の記述はあるのに書影掲載が一切なかったのだ。この歴史ページにおいて、水島作品以外で書影のない作品はほかになかった。

『野球マンガ大解剖』三栄書房
『野球マンガ大解剖』三栄書房

一方で、別ページでの「『ドカベン』紹介コーナー」では書影掲載はできていた。ここから、1.ほかの野球マンガと並列で扱われたくない、という意向があるのは明白だろう。

水島新司といえば、野球マンガの歴史を切り開き、発展させた大功労者だ。その自負とプライドがあるからこそ、他作品と並列で扱ってほしくない、という考えになるのは仕方がないのかもしれない。が、それだけで終わらないからこそ問題の根は深い。ここで浮かび上がるのが、2.そもそもの露出を抑えたい、意向についてだ。

水島作品そのものの企画が世に出ない謎

ここ数年、『あぶさん』と『ドカベン』の連載終了以外で水島新司関連がニュースとなった話題に、2015年の「新潟市ドカベン銅像撤去申し入れ」騒動がある。

水島新司の出身地・新潟市の商店街に設置された『ドカベン』の主要キャラ(山田太郎、岩鬼正美、里中智、殿馬一人)と、『あぶさん』の景浦安武、『野球狂の詩』の岩田鉄五郎と水原勇気らの銅像について、原作者である水島新司サイドが「撤去の申し入れ」をしたとしてニュースになったのだ。その後、水島サイドが申し入れを取り下げたことで騒ぎは収まったが、なぜ撤去したかったかについて、今でも明確にはなっていない。

思えば、水島作品の露出を抑える動きはこのころから顕著になったように思う。

私自身、既知の編集者から「水島マンガの企画を考えているのに、著者サイドのOKが出ない」という声を聞いたのは一度や二度でない。そもそも、『あぶさん』の連載が終わった2014年、そして『ドカベン』シリーズの連載が終わった2018年、どちらも総集編的な出版物はひとつも出ていない。

当然ながら、水島作品のLINEスタンプも存在しない。それよりも最大の疑問は、30作以上ある水島野球マンガのただのひとつも電子化されていない、ということだ。

『あぶさん』なら全107巻。『ドカベン』なら無印が全48巻、『大甲子園』が全26巻、『プロ野球編』全52巻、『スーパースターズ編』全45巻、『ドリームトーナメント編』全34巻。このほかに、映画化もされた『野球狂の詩』シリーズも、アニメ化もされた『男どアホウ甲子園』も『一球さん』も……これら大長編を今から書籍で読みたい、というのはかなりの難関。また、大人気作以外でも、デビュー間もないころの初の水島野球マンガ『エースの条件』など、絶版扱いで入手が難しい作品だってある。

だが、電子化されていれば「ちょっと読んでみたい」「こんな作品もあったのか」と興味を持つ層だっているはずだ。そうした「新規ファンの獲得」について、一切行っていないのがここ数年の水島作品なのだ。

『あぶさん』<107巻>水島新司/小学館
『あぶさん』<107巻>水島新司/小学館

未来に水島作品が読み継がれていくために

折しも今月、スタジオジブリが自社作品の場面写真提供を開始。SNSでジブリ画を使った大喜利が人気を博し、改めて「みんなのジブリ」であることを認識させてくれた。著作権は、制限し過ぎるとかえって作品の存在そのものが消えてしまう、という問題提起ともされているが、水島プロダクションがしていることは、ジブリとはまったく逆向きの施策だ。

その理由・狙いは定かではない。だが、このままでは野球文化の発展に貢献してきた水島作品の存在そのものが世間から忘れ去られてしまっても不思議ではない。

イチローが「僕のどんな球でもバットに当ててヒットにしようという発想は、悪球打ちの岩鬼のおかげ」と語り、清原和博が「山田太郎から4番とは何かを学んだ」と語るなど、現実世界の野球選手たちに多大な影響をもたらしてきたのが『ドカベン』であり、水島新司ワールドだ。ここ数年来のパ・リーグ人気だって、70、80年代の不遇の時代であっても『あぶさん』が、パ・リーグの選手や球団を描きつづけ、下支えしてくれた歴史を見過ごすことはできない。

野球文化にこれほど貢献してきた偉大な作家と作品群が、これからの野球文化にまったく貢献しようとしない現状は、とても悲しく、残念としか言いようがない。

2年前から野球殿堂入りの候補に水島新司の名前が挙がるようになった。実は、野球殿堂入りこそ、水島新司にとって「人生の最終目標」であることを過去のインタビューで何度も口にしている。

今後の夢は、死ぬ間際でいいから(笑)、野球漫画で殿堂入りという、この快挙をやってみたいですね。野球界で水島は認められたと。その時に、「俺はやったぜ!」と言いたいんです。

『月刊経営塾』95年10月号より

野球殿堂とは、日本野球の発展に大きく貢献した人物の功績を永久に讃えるためのもの。功績を讃えるために重要なのは、その名を語り継ぐこと以上に、足跡をいつでも振り返られることではないだろうか。水島作品が永久に読み継がれるように早急な電子化を期待したいし、もっと自由に水島作品が語られる土壌を作ってほしい。

水島野球マンガに魅せられてきた一読者の切なる願いである。

筆者蔵書の一部。巻数が多く、刊行年数も古い物が増えてきたため、ネットカフェ・漫画喫茶でも水島作品は近年見かけない店が増えている

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