『破局』遠野遥は、文芸界のニュースターだ! 二重構造を生み出す語りを書評家・豊崎由美が熱烈考察
新芥川賞作家、遠野遥の『破局』が素晴らしい、「自我に対する不信感をこのような語り方でほのめかす小説に、初めて出合った」と、書評家・豊崎由美が興奮している。その優れた語りの資質は、「芥川賞受賞者記者会見」の発言に表れていた。
「全然、自分ではそんな変なキャラクターにしようとか思ってなくて、逆に、もう人によってはけっこう、気持ち悪いとか、共感できないとか、怖いとかおっしゃるんですけど、そんなふうに書いたんじゃないのになって思いますね。もう少し親しみを持っていただけたらと思います」
(作家・遠野遥 2020年7月15日 第163回芥川賞受賞者記者会見にて)
私としては笑顔のつもりでやってたんですけど
SF翻訳家にして書評家の大森望と長年にわたって芥川賞&直木賞のウォッチングをつづけ、『文学賞メッタ斬り!』シリーズなんて対談本まで出しているわたくしですが、第163回芥川賞を『破局』で受賞した遠野遥にはいろんな意味で目を瞠りました(同時受賞は『首里の馬』の高山羽根子)。ニコニコ生放送が芥川賞と直木賞の受賞記者会見を中継するようになって以降、当否の連絡を待ちくたびれて「そろそろ風俗に行こうかなと思っていた」と明かした西村賢太(第144回『苦役列車』)や、当時選考委員にして都知事だった石原慎太郎を挑発するかのように「もらっといてやる」と言い放った田中慎弥(第146回『共喰い』)など、話題を呼んだ芥川賞受賞者は何人かいるのですが、遠野遥はそのいずれにも似ていないんです。
まずは、米津玄師ばりの毛量による今時のヘアスタイルと趣味のいい細身のスーツをシュッと着こなしたお洒落なルックスが、これまでの純文学界では異質。でもって、新聞の文芸記者に対する受け答えがニュータイプ。
朝日新聞 今、意外でした、というお話ですけども、うれしさのようなものは?
遠野 ああ、うれしさ。そうですね、ノミネートされると、結果が出るまでけっこうそわそわしてしまうんで、それをもう経験しなくていいっていうのはうれしいですね。
朝日新聞 受賞よりもですか。
遠野 え?
朝日新聞 受賞自体よりもそっちのほうがということですか。
遠野 受賞。まあ受賞、受賞できたほうがいいとは思います。
(トヨザキ註・遠野氏は写真撮影時以外は、ずっとマスクをつけっぱなしだった)
読売新聞 どうも、読売新聞の鵜飼といいます。先ほど写真撮影のときに文藝春秋の代表カメラマンが、ちょっと笑顔でというPRがあったんですけども、終始一貫、白い歯がこぼれなかったんですけども。
遠野 いや、私としては笑顔のつもりでやってたんですけど、そうは見えなかったですかね。それは残念ですけど。
読売新聞 そうでしたか。今日、吉田修一選考委員が、主人公というのが、ある種、一方で、社会のマナーに対して神経を使いながら、一方で行動というのが一致していないところがおもしろいってあったんですけど、白い歯を見せないとか笑顔をしないっていうのが、独特の、作者によるマナーなのかなとも思ったりしたんですが。
遠野 いや、そんなことはないです。笑ってるほうが、感じがいいですよね。だから。
読売新聞 じゃあ今、マスクの下には笑顔が。
遠野 そうです。
読売新聞 ちょっと見せていただけます?
遠野 いや、ちょっと、ウイルスとかあるんで。
この慶事を家族には連絡していないのに、『文藝』の新人賞を同時受賞した宇佐見りんさんには報告したとか、おもしろい受け答えを引用紹介しているとキリがないのでこのへんでやめておきますが、遠野氏はずっとこの調子で、会見場にいた記者のみならずニコ生の中継を見ていた人からも苦笑や爆笑、さまざまなトーンの笑いを引き出す受け答えを、自身は表情ひとつ変えずにつづけていたのでした。
で、中でもトヨザキが注目した、というか唸ったのが今回冒頭に挙げた言葉だったんです。遠野氏は受賞作の主人公のことを「自分ではそんな変なキャラクターにしようとか思ってなくて、逆に、もう人によってはけっこう、気持ち悪いとか、共感できないとか、怖いとかおっしゃるんですけど、そんなふうに書いたんじゃないのにな」と言っていますが、すでに作品を読んだ方なら、わたしと一緒に「いや、ヘンだから!」とツッコミを入れてくれるはず。ただ、この「ヘン」は目に見えてわかりやすい現象としての「ヘン」ではなく、誰もが被っているペルソナの下に隠された「ヘン」であるのは確かで、それが『破局』を素晴らしい小説にしているんです。
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