つげ義春のマンガはコロナ禍の精神安定剤になるかもしれない(末井昭)
編集者として『写真時代』、『パチンコ必勝ガイド』など数多くの雑誌を創刊し、自伝的作品『素敵なダイナマイトスキャンダル』が映画化されるなど、エッセイストとしても多くの読者を魅了する末井昭。
末井が漫画家に憧れるきっかけにもなったという、孤高の漫画家・つげ義春。今年2月、世界初の原画展がフランスで開かれ、仏語版と英語版の全集も刊行されるなど、何度目かの「つげ義春ブーム」が訪れている。なぜ彼のマンガは時代も言語も超えて読みつづけられるのか。
自分もつげさんのようなマンガを描きたかった
新型コロナウイルスによる緊急事態宣言が解除されて、引きこもりの人たちは、さぞ残念に思ったのではないだろうか。
僕の知っている人は、毎年春に町を歩くハツラツとした人たちを見て、自分だけが取り残されたような気持ちでウツになっていたけど、今年は町に人が出てこないのでウツにならなかったそうだ。長年引きこもっている人も、緊急事態宣言下で「自分だけじゃない、みんな引きこもりだ」と、引け目を感じなくてすんだのではないだろうか。
引きこもりのオーソリティーといえば、マンガ家のつげ義春さんだ。16歳のとき、対人恐怖から部屋に閉じこもったままで収入が得られる職業として、漫画家を志したというから、相当年季が入っている。
実は僕も、10代の終わりごろ同じようなことを考えていた。そのころ工場に勤めていたのだが、人と会うのが苦手で、雑誌に載っていた「自宅で出来て高収入!!」という広告を見て、ガリ版、速記、レタリングなどの通信講座を受講していた。高収入といっても、どうやったら仕事に結びつくかがわからなくて、収入には至らなかった。
漫画家に憧れたのは、漫画雑誌『ガロ』に、つげ義春さんの「チーコ」が載ったときだ。同棲している男女の日常を描いた作品で、絵は漫画風だけど、妙にリアルなところがあり心に残った。そのときから、つげ義春のファンになり、自分もつげさんのようなマンガを描きたいと思うようになった(実現しなかったが)。
傑作を生み出しつづけた「奇跡の2年」
つげさんには、「奇跡の2年」と呼ばれている期間がある。1967年からの2年間だ。正確には1968年の中ごろまでだから、実際は「奇跡の1年半」だ。
この間に『ガロ』で発表したマンガは、「通夜」「山椒魚」「李さん一家」「峠の犬」「海辺の叙景」「紅い花」「西部田村事件」「長八の宿」「二岐渓谷」「オンドル小屋」「ほんやら洞のべんさん」「ねじ式」「ゲンセンカン主人」「もっきり屋の少女」(発表順)の14作品で、マンガの雰囲気はそれぞれ違うけど、すべて傑作ぞろいなのだ。怠け者の(「怠け者」とか言って失礼ですが)つげさんが、怒涛の勢いで描いている。
つげさんのマンガは、漫画家以外の表現者にも影響を与え、映像作品になったり、映画になったり、演劇になったりしているが、そのもとになったマンガのほとんどは、この作品群の中にある。
この「怒涛の勢い」の反動なのか、次の年はマンガは一切描いてなくて、水木しげる氏のアシスタントをしている。翌年の1970年には2本のマンガ作品を描いているが、「つげ義春ブーム」が起きて印税が入ってきたので、ますますマンガから遠ざかっていく。
そして今日まで、つげ義春作品集はいろんな出版社から途切れることなく出版され、同じ作品が何回も収録されている。2020年3月に文庫化された『つげ義春日記』(講談社文芸文庫)に、松田哲夫さんが解説を書いていて、冒頭にこう書いている。
水木しげるは、つげ義春のことが話題にのぼると、こういう愚痴をこぼすのが常だった。
『つげ義春日記』つげ義春/講談社文芸文庫 松田哲夫・解説「奇跡と不安の人」
「つげは怠け者ですよ。いっこうに仕事をしない。それなのに、前に描いた作品が何度も使われて、お金が入ってくる。自分はあくせく新しい作品を描かなければやっていけない。けしからんですよ」
風変わりな人間の多いマンガ家の中で、とりわけ波瀾万丈な人生を送り、個性的な作品を生み出していった水木でも、つげの作品が何度も再録されることは理解不能だった。
名画を何度も見たくなるように、つげさんの絵を何度も見たくなる
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