つげさんの姿を見て、泣き出す人も
2020年2月1日、フランスの南西部アングレームで行われた、欧州最大規模のマンガの祭典「第47回アングレーム国際漫画祭」で、つげさんが特別栄誉賞を受賞した。
この漫画祭では、2000年代に入って、フランスでも本格的に日本漫画の翻訳が始まったこともあり、毎年のように日本の漫画家が受賞している。
つげさんは、もちろん授賞式に招待されていたが、2017年に日本漫画家協会賞大賞を受賞したときは失踪して、授賞式に出なかったぐらいだから、果たして参加するかどうか問題だった。
この漫画祭に合わせて、つげさんの息子さんの正助さんが中心になって、1年半も前から準備していた「つげ義春原画展」も、アングレームで行われることになっていた。原画展は日本でもやったことがないから、世界初ということになる。そのこともあったのか、なんと、つげさんが、御年82歳にして、初の海外渡航をすることになったのだ。
同行することになった、フランス語版の『つげ義春全集』の企画・編集をした青林堂でつげさんを担当していた編集者の浅川満寛さんが、事前に「つげさん、ホントに行くんですか?」と電話で聞いたら、「いや、僕は行きません」と言っていたそうだが、それから迷いに迷って、正助さんの説得でやっと行くことになったらしい。正助さんと一緒にタクシーに乗って羽田空港に向かっているときも、「羽田に着いたら、そのまま帰りたい」と言っていたそうだ。
このフランス行きは、『芸術新潮』2020年4月号に「つげ義春、フランスを行く」というタイトルで特集されている。予告なしに原画展の会場に現れたつげさんを見て、泣き出す人もいたという。
名画を何度も見たくなるように、つげさんの絵を何度も見たくなる
歴史に残る「コロナ禍」の今年は、何度目かの「つげ義春ブーム」でもある。2月のアングレーム国際漫画祭から始まり、3月には『つげ義春日記』(講談社文芸文庫)が出版された。4月から、全22巻の『つげ義春大全』(講談社)の刊行が始まった。また、海外でも仏語版と英語版で、それぞれ全7巻の『つげ義春全集』が出る。
水木しげるさんが言っていた、「前に描いた作品が何度も使われて、お金が入ってくる」というのはなぜかということだが、松田哲夫さんは前述の解説で、「奇跡の作品群を生み出した時のつげは、あらゆる物語(ストーリー)の底の底、果てしなく深いところにある物語の原型のようなものに、まさに奇跡的に触れることができたのだろう」と書いている。つまり普遍性を得たということか。
ファンである僕が思うことは、絵が素晴らしいということだ。名画を何度も見たくなるように、つげさんの絵を何度も見たくなる。マンガの背景の絵も、意識の底にある懐かしさを引っ張り出してくれる。マンガを成立させるだけの、ただの背景ではない。
そして、どのマンガも主人公が孤独である。生きることの孤独に気づいている人を、慰めてくれるマンガだ。今のように、みんなの気持ちが内側に向いているときは、つげさんのマンガが精神安定剤になるのかもしれない。
『芸術新潮』4月号の「つげ義春、フランスを行く」の対談で、正助さんは、「世間に流されず、のんびり暮らせばいいんじゃないか」と、父はいつも言っていると語っている。ただし、貧乏しちゃうと不安になるから困るらしい。
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