富山県という“絶対に住みたくないと思われている場所”で、私は他者と生きる(ピストン藤井)

2020.6.4

文=ピストン藤井 編集=田島太陽


新型コロナウイルスの影響で、私たちの生活は変化を余儀なくされている。「田舎ゆえに安全」などと揶揄されていた富山県も、例外ではない。富山在住のライター・ピストン藤井が、“輪からはみ出ちゃったような”人々との暮らしと、地元でのコロナ禍を綴る。そして考える、これからの生き方。

3カ月前は、まだ心の余裕が確かにあった

私は富山でピストン藤井というふざけた名でライター活動をしている。富山のちょっぴり振り切れた人たちと出会い、触発されながらここで暮らしてきた。といってもライターは副業で、平日は実家の薬局で働いている。薬剤師である母の威光を借り、店長代理の座に君臨する私の主な業務は「便所掃除」なのだが、そこに2月末ごろから「店内を消毒する」という作業が加わった。

当時、テレビのニュース番組では連日連夜、おどろおどろしいBGMと共に感染者と死亡者数が報道される一方、SNS上では感染者ゼロの県たちによる熱き「田舎センバツ」が繰り広げられていた。富山は岩手、山形、鳥取、島根と共にベスト5にまで食い込んでいた。「鳥取は鬼太郎がいるから無敵」という誰かのつぶやきを見れば、「何を! 富山にはドラえもんがいる」、「山形には芋煮が」と言われれば「富山には鱒寿司が」と、密かに対抗心を燃やしていた。そういう不謹慎なことを、不謹慎とも思わずに茶化す余裕が、3月半ばまでは自分の中にあったように思う。

かたや、耳元で警鐘をガンガン鳴らされていた東京の知人たちは、都心の緊迫度に追いついていない地方の民のゆるさにイラついていた。「東京と富山の温度差がすごい。こっちはみんなピリピリしてるよ」と言われ、私はうしろめたさが込み上げてきた。しかしそんな感情は、3月末に富山市内で初の感染者が出たことで吹っ飛んだ。

誰かが絶対に住みたくないと思っている場所で、私は暮らしている

感染者が確認された即日に県知事が、翌日には富山市長が会見を開いた。市長は「県は慎重に情報を収集せずに会見を急いだ」と怒り心頭。知事批判を展開する様子が全国ニュースになり、双方の仲の悪さが県外に知れ渡ってしまった。県知事と市長の場外乱闘ののち、4月半ばまでに県内の感染者は60人以上にのぼり、富山市の感染症指定病院や老人保健施設で大規模なクラスターが発生した。市長自らが「富山市は新型コロナで1人の犠牲者も出さないぞ!」と力強く宣言するパフォーマンスCMは、2週間で差し替えられた。県内の感染者数はみるみる3桁に増えていった。

薬局だけでなく介護施設も営んでいる我が家にとって、コロナは一気に「目の前にある危機」になった。介護施設や薬局は地域と連携しており、特に介護はケアマネージャー、介護福祉士、ヘルパーなど、高齢者家族に対してさまざまな人たちが関わる。チームのひとりでも感染してしまうと、死亡率が高いとされる高齢者に直で危険が及ぶ。クラスターは決して他人事ではない。不安と恐怖と焦りが高じた我が家では、「なんまいだ~、なんまいだ~」とオカンが念仏を唱えるようになり、私は謎の痺れに悩まされるようになった。

互いに支え合う地域連携のモットーをコロナは覆してくる。つながればつながるほど、感染リスクは高まる。相互扶助は相互監視へ代わり、真偽不明のえげつない噂話が一気に広まる。この間まで、人口が少ないド田舎ゆえに安全だとSNS上で揶揄されていた富山は、「感染者の家に石投げられて村八分状態らしい」「陰湿な土地には絶対に住みたくない」と、ド田舎の閉鎖性ゆえに危険視されるようになった。しかしそんな、誰かが絶対に住みたくないと思っている場所で、私は暮らしている。

役に立たないことを楽しんで、横並びを強いる共同体に抵抗した

2019年10月、私は初めて本名の藤井聡子名義で『どこにでもあるどこかになる前に。~富山見聞逡巡記~』(里山社)というエッセー本を出した。北陸新幹線開業によってキレイに地ならしされていく富山の街で、「決してフラットになるもんか」と言わんばかりに、凸凹のいびつな魅力を持つ人たちを書いている。それは同時に、表向きは開かれても中身は旧態依然とした富山という地で、なんとか居場所を見つけようとする、アラサー独身女の10年分の右往左往を綴ることでもあった。

飲兵衛が吹き溜まる酒場や、サブカル話で盛り上がる古本屋、演者と客の汗で蒸しまくるライブバー、地味な映画を上映しつづけるミニシアター。どれも今でいう三密&不要不急とされている場が私の居場所だった。素性をよく知らないオッサンと与太話をしたり、必要に迫られていないミニコミを作ったり、村おこしの体をなしていない郷土イベントを開いたりしてきた。

「結婚し、子供を産み、家を建てる」ことが正しいとする、周囲の価値観に潰されかけていた当時の私は、役に立たないことを思いっきり楽しむことで、横並びを強いる共同体に抵抗した。思えば私が魅了されてきた富山の人たちも、相互扶助の輪の中からはみ出ちゃったような、隙間部分に漂う人ばかりだった。

全体主義的な鎖に縛られなくても、富山の人々と同じ方向に向かうために


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