“輪の中からはみ出ちゃったような”魅力的な富山の人々
富山市の街なかで老舗ビリヤード場を営むサウスポーのハスラー、水野田鶴子は、90歳にして好物のフライドチキンを頬張り、レモンサワーを豪快に飲み干すパワフルな女だ。「犬猫と女子供とババアが大嫌い!」と言い放ち、イケメン客が来れば紅を口にグリグリ塗りたくる。「優しいおばあちゃん」といった風情は皆無。誰にも媚びない代わりに偉ぶりもしない。常に他者と対等で“個”として生きていた。
伊藤家が家族経営する個性派コンビニ「立山サンダーバード」は、立山の辺境で、トリッキーな手作りサンドウィッチの開発に明け暮れていた。ホタルイカ、ブリ、鱒寿司といった磯臭い富山名物から、スナック菓子、チャーハン+餃子といった町中華のセットメニューまで。挟まなくてもいいものをパンに挟みつづけた結果、大手コンビニには太刀打ちできない、100種類以上の奇想天外サンドウィッチができ上がってしまった。
50年以上にわたり富山市水橋に鎮座する「日本海食堂」は、昭和のレトロアイテムがひしめく奇妙なドライブインレストランだ。二代目店主の種口茂さんは根がバックパッカーゆえにオープンマインドで、さまざまな客層のお客さんを引き寄せていた。エッセー本の出版記念ライブをやりたいという私の申し出も、すぐに快諾してくれた。
バラバラの個性が好き勝手に集う“開かれた異界”
「おいピストン! リムジンと耕運機、用意してやったぞ!」
ひとんちの駐車場で「富山のご当地CMを演奏したい」と頼む私も突拍子もないが、種口さんは輪をかけて突拍子もなかった。ライブ当日に店の常連の旧車マニアを招集し、バンドメンバーをリムジンに、種口さんが運転する耕運機に私を乗せて「ド、ド、ドドドッ!」と鈍いエンジン音を立てて登場させた。野外ステージには、名作『幸福の黄色いハンカチ』のラストシーンを思わせる、いくつもの黄色いハンカチ(1枚だけ白のブリーフのサプライズあり)がはためいていた。
1円にもならないことに、これほどまで尽力してくれる店主を私はほかに知らない。期待に応えなければと奮い立った私は、キーを見事にずらしたまま、富山が誇るスーパー「大阪屋ショップ」のCMソングを熱唱した。
日本海食堂の駐車場には家族連れ、ツイストを踊るおじさん、赤ちゃん、外国人カップル、通りすがりの犬までもが大集合。てんでバラバラの個性が好き勝手に集う様は、私が理想とする“開かれた異界”そのものだった。
あの狂乱の日本海食堂ウッドストックから半年……。まさか世の中がこんな事態になるとは。コロナ禍で日本海食堂はどうしているかと心配になり、種口さんに連絡を取った。
「おうピストン! 生きとるか! 実は大事な報告がある!」
もしかして閉店してしまうのだろうか。息をのんだ。
「4月から食堂内、禁煙になったぞ!」
種口さんはいつも間が抜けている。店は休業中だというから、金銭的に厳しい状況だと想像に難くないのだが、それでもズッコケ要素が入ってしまう。おかげで、ストレスで強張っていた全身の筋肉が、ヘナヘナとほぐれていくようだった。
立山サンダーバードの伊藤家はというと、絵心ある長男・敬吾さんが、疫病退散を祈願して予言獣「アマビエ」と立山の妖怪「クタベ」をステッカーにして売り出していた。さすがのイノベーション。玉突きの田鶴子は「いつ死んでもいいんだけど、なんとか生きてるわよ~! オホホ~」と、電話越しに元気な声を聞かせてくれた。とにかくホッとした。
各々の歩幅で、同じ方向に向かう
私たちは「ウィズコロナ」をスローガンに、早急に「新しい生活様式」を取り入れ、「国民一丸となってこの危機を乗り越え」なければいけないらしい。田鶴子の歌う「ズンドコ節」に合いの手すら入れられないのに、どこの誰と一致団結しろというのだろうか。コロナを正しく恐れ、感染防止に努めたいともちろん思ってはいるが、しかしどうもそれらの文言から醸し出される、全体主義的な「右へならえ!」に違和感を覚えてしまう。相互扶助の鎖に縛られなくても、各々の歩幅で、同じ方向に向かうことは可能だと思うのだ。
しょーもない無駄話に笑い、非生産的なイベントに無駄な労力を費やしていた日々が恋しい。あの時間が再び戻ってくる日まで、私はゆるく、しなやかに他者とつながっていきたいと思う。
▶︎【総力特集】アフターコロナ
『QJWeb』では、カルチャーのためにできることを考え、取材をし、必要な情報を伝えるため、「アフターコロナ:新型コロナウイルス感染拡大以降の世界を生きる」という特集を組み、関連記事を公開しています。
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