コロナで判決が延期「乳腺外科医わいせつ事件」の問題点(小川たまか)

2020.4.21


医師の「手を洗わなかった」という主張

明らかに一方に有利な情報だけを載せているのにわざと中立のふりをして結論に誘導する、というようなジャーナリストの書きぶりを見ると「それはちょっとずるいんじゃないのかな」と思いますので、私はこの事件で被害者側の立場に立っているとまず書いておきます。

この事件では地裁で無罪判決が出ていますが、この地裁判決でも否定された医師側の主張があります。それは、医師が手術の当日、起床時の身支度以降は手術の直前まで手を洗わなかった(だからDNAが付着したのかも)という主張。

手術前の午前中には多数の患者を診療し、触診もあったのに、です。医師は「ニキビを潰したり、ひげを触ったりする癖がある」とも証言。この主張が、コロナでソーシャルディスタンス、うがい手洗いしない者はヒトにあらずの今報じられていたとしたら、大きな驚きを持って受け止められていたのでは。コロナが蔓延(まんえん)してなくてもそれはダメだと思う……。

判決文でもこの主張については「医療従事者の行動としてにわかに信じ難い内容」「被告人の供述の信用性は慎重に判断する必要がある」とされています。医師側を支援する医療従事者は、こういった弁解をどう受け止めているのかが不思議です。

このほかにも、通常であれば患部のみを撮影するはずの手術前写真について、被害者女性の場合は顔も入れた写真を医師に撮られていたのが、「えぇ……」と思う点です。ほとんど報道されなかったこういった点を書いてくれたハフポストの記者さんがいたのですが、彼女は控訴審が始まる前にハフポを退職してしまいました……。悲しい。

「乳腺外科の症例で顔を撮影することは通常ありえない。顔を撮影する必要性がなくプライバシーなどの問題がある。顔が映らないように正面と左右で3枚程度撮影している。症例や医師によっては学会や論文のために多く撮影することもある」

乳腺外科医が準強制わいせつに問われた公判、無罪判決を臨床の医師たちはどう見たか|ハフポスト

ちなみにこの事件については、鑑定資料が廃棄され、「DNAの再鑑定が不可能」だという誤解が一部で広まっているのですが、被害者側の弁護団ははっきりとこれを否定しています。再鑑定は可能ですが、検察側も弁護側も求めていません。

高橋正人弁護士は、今回の無罪判決を「非科学的な判決」と批判し、「鑑定資料を再鑑定できないかのように報道されているがそれは間違い」と話す。

手術後わいせつ事件、女性を支援する弁護団結成 「非科学的な判決」と批判 - 弁護士ドットコム

被害者にとっては「証言だけでは信用されないと思ったから通報して証拠採取してもらったら、医師のDNAが出た」という事件です。そして判決では、DNAが検出された理由は医師が被害者の胸を舐めたことが最有力の仮説と言えるかもしれないが、それでも(手術時の会話や触診の際に患部ではないほうの乳房にも)唾液の飛沫が飛んだことによる可能性を否定できない、とされています。

医療現場での飛沫の拡散、怖いですね。

とにかくコロナは困る

コロナの問題以前から、医師の忙しさや医療現場での労働環境の改善の必要は問題となってきました。医療業界の働き方がホワイトで、人手がじゅうぶんに足りていれば、そもそもこの医師が、「胸部の手術をした直後で麻酔が完全に覚めていない女性患者のベッド脇に、看護師を伴わずにひとりで2回訪れる」必要もなかったはずです。

私はこれまで何度かかかりつけの婦人科で乳がん検診を受けていますが、男性医師が検査を行う際、必ず看護師の女性が横についています。これは患者の安心はもちろん、医師を「冤罪」から守るためでもあります。

奇しくもコロナの影響で判決延期となりましたが、この事件は医療業界の働き方を問う事件でもあるはずです。

4月15日の判決が延期になって、正直なところ私はホッとしてしまいました。もしまた無罪判決が出てしまったらと思うと。被害者が苦しむのを見たくなかったからです。

とはいえもちろん、当事者たちはそうではありません。被害者にとっても医師側にとっても、早く決着がついてほしいでしょう。

裁判の再開を待ちたいと思います。




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小川たまか

(おがわ・たまか)1980年、東京都品川区生まれ。文系大学院卒業後→フリーライター(2年)→編集プロダクション取締役(10年)→再びフリーライター(←イマココ)。2015年ごろから性暴力、被害者支援の取材に注力。著書に『「ほとんどない」ことにされている側から見た社会の話を。』(タバブックス)、『告発..

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