加害者に許可を取り、いじめ被害を“ほぼ実名”で演劇化──「ゆうめい」池田亮

2020.3.3


ある日を境に、いじめが一切なくなる

そんな池田さんは当時、いじめられた様子や、どうやったら彼らに復讐できるかといったことを日記に書いていた。そのころ、いじめにまつわるニュースや似たような境遇にある人のブログなどをいろいろと読み、自ら命を絶ってしまった人のことや、残された遺書のことなどを知った。そして「もし自分が遺書を書くとしたら……」と思いつき、それを意識したものを書き始めたという。

「書いてるときはゲーム感覚というか、池田亮という人間がいて、それを自分が操作しているような気分になれたんですよね。実際に『弟兄』の中でも、当時の日記に書いていた復讐計画のひと幕を再現したシーンが出てくるんですが、遺書として書いていながら、書いているときだけは自分のことを突き放して見られるという不思議な時間でした。妄想やフィクションが生き延びるための術だったのかもしれません」

ところが中学2年生の秋、10月4日という日を境にいじめが嘘のようになくなったという。きっかけは、前日に行われた校内のマラソン大会で優勝したことだった。

「このころなぜか長距離が突然速くなってしまい、駅伝大会にスカウトされるくらいのタイムで優勝したんですよ。そうしたら周囲からの扱いがあり得ないくらいよくなり、みんなからすごい褒められるようになって。世界がガラッと変わるような、本当に衝撃的な体験でした。昨日まで顔面に上履きを投げつけてきたいじめっ子たちも、それ以降まったくこちらと関わらなくなったんです」

池田亮役の中村亮太

高校時代に仲よくなった「弟」のこと

ところで、タイトルに『弟兄』という聞き慣れない言葉が採用されているのには理由がある。これは池田さんが高校時代に兄弟のように仲よくなった友だちとの物語であり、その「弟」こそ、もうひとりの主役と言うべき登場人物だ。

「僕はその後、長距離に打ち込んで陸上の強豪校に進学したんですが、入った陸上部に自分と似た境遇のやつがいまして。彼も中学時代にいじめに遭っていて、『どっちがひどいことをされたか』を競うという謎のマウンティング合戦で盛り上がるなど、すぐに仲よくなりました。共に練習に励み、趣味のアニメについて情報交換し、一度やってみたかった『夜のコンビニにたむろする』という願望も一緒に叶えました」

彼と過ごした日々やその後に起こった出来事は本作のハイライトであり、池田さんの人生にも大きな影響を及ぼしている。詳しくはネタバレになってしまうのでぜひ劇場で観て欲しいが、「弟」と池田さんがコンビニでじゃれ合うシーンは個人的に『弟兄』の中で最も美しいシーンだと感じている。

「弟」役の古賀友樹

「いじめじゃなくてからかい程度だった」

ではなぜ、池田さんは自らの体験を演劇にしようと思ったのか。また、人生をめちゃくちゃにされた加害者たちになぜわざわざ連絡をし、上演許可まで取りつけようと思ったのだろうか。

「きっかけのひとつとして、成人式で地元に帰ったとき、駅前でいじめ主犯格(いいい君)とばったり会ったんですよ。避けようとしたら向こうに気づかれちゃって、ちょっと立ち話をするうちに近くの魚民に飲み行く流れになってしまいまして。もしかしたら過去のことを謝られたりするのかな、でも謝られても困るしな……とモヤモヤしながらついて行ったんですが、彼は昔のスタンスのままで、『まだ生きてたのか〜』とか『ボタン押して店員呼んで』とか言ってきて。僕も過去の上下関係がよみがえってとっさに従っちゃったりして、ああ、自分は全然変わってないのかもなって思ったりしました」

魚民での会話にはこんなひと幕もあった。だんだんとお酒もまわり、酔いの力も借りて当時のいじめのことを質問した池田さんに対し、いいい君は「俺そんなことしたっけ?」「いじめじゃなくてからかい程度だった」などと返す。その体験はもちろん怒りや絶望につながったが、池田さんの中には別の思いも生じたという。

稽古を見つめる劇団員の田中祐希

「ほかの人も含め、みんな当時のことをどう思ってるんだろうって興味が出てしまったんですよね。それで思い切って電話してみようって思い立ったんです。これにはおそらく、いじめがぱったり止んだ、あの経験が生きていると思います。もちろん電話するときは怖かったんですが、一方で若干わくわくもしていて。世界がガラッと変わるようなあの感覚を求めていたのかもしれません」

いつか全員本人役の『弟兄』をやりたい


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