『完全自殺マニュアル』著者・鶴見済が提案する“人間関係を半分休む”方法

2022.7.1
『人間関係を半分降りる 気楽なつながりの作り方』

文=辻本 力 編集=森田真規


90年代の社会に大きな衝撃を与えたベストセラー『完全自殺マニュアル』(太田出版、1993年)から約30年──。以来、現代の「生きづらさ」問題にフォーカスし続けてきた鶴見済の新刊『人間関係を半分降りる 気楽なつながりの作り方』(筑摩書房、7月1日発売)は、自身の過去に真っ向から向き合った、まさに原点回帰的な一冊だ。

「生きづらさの一番の原因は人間関係」という考えから生まれた本作の話を交えつつ、“今”という時代を生き抜くための鶴見流「休みのススメ」を伺った。

※この記事は『クイック・ジャパン』vol.161に掲載のインタビューを転載したものです。


「近い」「狭い」日本の人間関係

家族、学校、職場、SNS──私たちは相も変わらず、こうした場面で悩み、しんどさを感じながら生きている。これら「人対人」のコミュニケーション問題の根幹に、鶴見は、日本独自の歪な距離感の存在を見て取る。

「日本は、とにかく人と人との距離が近いですよね。しかも、学校の教室や廊下が典型ですが、非常に狭く閉じた空間に身を置かざるを得ない。この『近い』『狭い』は、職場や家庭でも同様です。しかも、そうやって人と人とがぴったりとくっついている状態を、日本社会は『良いこと』とみなしてきた。

たとえば、『家族愛』というものを過剰に賛美したりして。でも、日本の殺人事件の半分くらいは、家族間で起きているんです。うまくいっているうちはいいですが、一度ヒビが入ると、関係性が近すぎるがゆえに、一気に激しい憎悪へと反転してしまう危険を孕んでいる。

特に戦後、僕らは長らく『家庭』『学校』『職場』という3つの領域にぎゅっと押し込められて、その間を行ったり来たりすることを『=人生』だと教えられてきました。その結果、近視眼的になり、今いる場所にしか自分の居場所はないと思い込んでしまった。家庭で虐待を受けたら『逃げ場なし』、学校でいじめられたら『人生の終わり』、職場でうまくいかなかったら『もう死ぬしかない』といった具合に……」

鶴見済
鶴見済(つるみ・わたる)1964年生まれ、東京都出身。ライター。著書に『0円で生きる』『完全自殺マニュアル』などがある

鶴見は、こうした袋小路から抜け出すために、「サードプレイス」を作ることを提案する。つまり、家庭・学校・職場以外で、人とつながれる場所を作れ、ということだ。少し離れた場所から眺めてみることで、自分の置かれた状況を相対化できるし、単純に「逃げ場がある」と思えることが大きな救いにもなる。

「村八分という言葉があるじゃないですか。ひとりを村の中で仲間外れにして孤立させることですが、学校などで起こるいじめの『仲間外し』なども同じことですよね。言うまでもなく、されたらすごく嫌ですし、学校をやめるほど追い詰められてしまうことだってある。でも、これって、人の出入りが激しい環境では成立しないんです。

嫌がらせを受けても、ほかのもっと居心地の良い場所へと出て行ってしまえばいいだけですから。サードプレイスの重要性は、ここにあります。今いる場所が最悪でも、『ここだけじゃない』となれば、人間関係の問題だって致命傷になりませんからね」

しかし、狭く密な関係性の中に押し込められ、長らく「ここしかない」と思い込まされ続けてきた日本人は、サードプレイスを作ることが苦手だという。こうした状態をどうにかしようと、鶴見は2018年から“ゆるい”つながりの場「不適応者の居場所」を主宰するようになった。

「くっつきすぎ、閉じすぎている世界を外側から壊そう、という僕なりの試みです。対象者は『ひきこもりがち、フリーランス、労働週4以下、心の病、社内ぼっちなど様々な理由でつながりをなくしがちな人』。SNSとブログで呼びかけ、レンタルスペースや公園の一角に集まり、見知らぬ者同士で飲食をしながらおしゃべりをする──というだけの月1の集まりですが、自分の理想とする交流が生まれているという手応えを感じています」

「あきらめの力」で世界を反転させる


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辻本 力

(つじもと・ちから)ライター・編集者。文化施設「水戸芸術館」を経て、2010年、生活と想像力をめぐる“ある種の”ライフスタイル・マガジン『生活考察』を創刊。文芸・カルチャー・ビジネス系の媒体を中心にいろいろと執筆中。編著に『コロナ禍日記』(タバブックス)。『生活考察』編集日記