「悲愴感はいらない」入江悠が20代の若者たちと“健康的に明るい現場で”作り上げた『シュシュシュの娘』

2021.8.22

文=木俣 冬 撮影=石垣星児 編集=田島太陽


コロナ禍、仕事や勉強する機会を失った者たちを募って自主映画を撮った入江悠監督。目的はコロナ禍で営業に苦戦しているミニシアターを救うこと。まず自ら貯金をはたき、さらにクラウドファンディングで1000万円以上集めて作った映画『シュシュシュの娘』はこの世の理不尽にたったひとりで立ち向かう地方都市に生きる女性の物語。

入江監督がこの映画にたっぷり込めた自主映画だからこその豊かさとは──。これからの映画のワールドスタンダードがここにある。

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ローカルの圧迫感の中で、ひっそりと地方都市に生きる主人公

──入江さんは鈍牛倶楽部の所属ですが、『シュシュシュの娘』に関しては事務所を通さずご自身が直接、取材に関するやりとりをされるんですね。

入江 『シュシュシュの娘』は完全に自主映画なので、自分でやっています。宣伝もいないんですよ。

──取材に関するレスポンスがすごく早くて事務処理能力も高いのだなと思いました。

入江 いやいや、けっこう見逃していて失礼しちゃうこともありますよ。だからこそどんどん返さないと埋もれていっちゃってやばいんですよ(笑)。

──『シュシュシュの娘』おもしろかったです。コロナ禍になって自主制作する方も増えるなか、自身の表現欲を満たすことよりも、コロナ禍で困っているミニシアターを救うことが先立っていることが印象的な企画です。

入江 コロナ禍のとき、リモートで撮る映像作品のオファーをいただいたのですが、心が動かなくて……。映画を作ってミニシアターで上映することでこれまでお世話になったミニシアターと伴走できないかと思い至りました。かつて僕がインディペンデントの映画を作っていたころ、日本各地のミニシアターにずいぶんお世話になっていましたから。2020年4月に緊急事態宣言が出るてから、ミニシアターを救う活動を行ってきました。

でも頻繁に劇場に行って話を聞くこともコロナ禍では難しく、Tシャツやグッズを買うにも限界があります。金銭的支援も大事ですが最終的には映画館へ観客に戻ってきてもらう方法を考えることに目を向ける必要を感じました。現に未だに今年(2021年)になっても戻ってきていないとおっしゃる劇場関係者もいて、その悩みを共に分かち合いたかったんです。

──脚本を書くとき、ミニシアターにお客さんを呼ぶために最適な内容を考えたのでしょうか。

入江 “ミニシアター応援”の看板を掲げてはいますが、単純に自分の表現欲に従いました。ミニシアター愛を語る映画といえば、ベタなところではミニシアターを舞台にしたハートウォーミングな話が浮かびますが、そういうものではまったくない、純粋に僕が作りたいものを作りました。

もちろんお客さんに楽しんでもらえるものというのは前提です。おもしろいものを作ってお客さんにたくさん来てもらって劇場の人たちと一緒に喜びたい。『シュシュシュの娘』がそういうものになるといいなと思っています。

──漠然とですが、これぞミニシアター的な映画であるという感じがしました。

入江 自主映画だからこそ実現可能な内容です。この企画を大手の商業映画制作会社に持っていったら『アベンジャーズ』や『ミッション:インポッシブル』のようなスケールの大きなものになってしまう気がするんですよ。そうではなく、こじんまりと大いなる秘密を抱えた主人公の映画をやってみたかった。ひっそりと地方都市に生きている主人公を描きたかったんです。

──それはまさに各地に点在するミニシアターとそのお客様という感じがします。

入江 時代が与えてくるストレスや圧力を多かれ少なかれ人々は感じていると思うんです。主人公の鴉丸未宇(福田沙紀)にとってそれは職場や家庭などローカルの圧迫感ですが、僕らが今、ウイルスや政治などに感じているストレスとも共通なところがあり、共感してもらえると思います。

「危機的な状況でポンと飛べる」フットワークの軽さを

──女性を主人公にした理由はありますか。

入江 この話を男性主人公で描いたら暗くなるなと思ったんです。宿命を背負った者の映画──東映の任侠ものになっちゃうかなと(笑)。以前、『ビジランテ』で地方都市の貧困や社会問題を男性視点で描いたらとても暗い話になりまして……。今回は女性を主人公にすることで、しんどいけれど今日のお弁当も大事だというように問題を軽やかに乗り越える話ができるのではないかと思ったんです。

今回、スタッフに応募してくれたのも女の子のほうが多くて。そこで感じたのは、彼女たちのフットワークの軽さでした。危機的な状況でポンと飛べるんですよ。たとえば京都の大学生で、単位が全部取れているので埼玉の合宿撮影に参加できますと応募してくれた女性がいました。京都から埼玉へ、誰も知らないとこに飛び込んで2カ月間、助監督をやることはなかなかできるものではないですよ。

それに比べたら男ってふと逡巡して立ち止まってしまうところがあります。少なくとも僕はそうなんですよね(笑)。

──今、男性と女性の違いをお話しされましたが、入江さんの描く女性主人公はいわゆる女性らしさみたいなバイアスがかかっていない気がします。

入江 口が悪い女性が多いと言われますが(笑)。確かに『SR サイタマノラッパー2 女子ラッパー☆傷だらけのライム』なんかは女性・性を意識した感じではなかったですね。

──性別関係なくその人らしく生きている作品が多いし、『シュシュシュの娘』もそんな感じがしました。

入江 そう思ってもらえるとうれしいです。今回は女性の方にミニシアターに来てほしくて、フライヤーもポップなものにしました。映画自体が88分と短いから劇場という空間に来る上でハードルも高くないだろうと思っています。

女性に限らず、ミニシアターの存在は知っているけど入ったことがないと思っているような方々にも興味を持ってもらいたくて。ミニシアターっておしゃれだし、建物の中は快適で安心できるし、映画を観て気分転換できる、そういうミニシアターの魅力を発信していきたいです。noteでミニシアターの紹介企画もやっています。

20代のスタッフたちと作り上げた「意外なほどみんな責任感が強かった」


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木俣 冬

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木俣 冬

(きまた・ふゆ)フリーライター。ドラマ、映画、演劇などエンタメ作品に関するルポルタージュ、インタビュー、レビューなどを執筆。ノベライズも手がける。著書に『みんなの朝ドラ』『ケイゾク、SPEC、カイドク』『挑戦者たち・トップアクターズルポルタージュ』、蜷川幸雄『身体的物語論』の企画構成など。

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