『VRおじさんの初恋』がロスジェネ世代に突き刺さる「オタク、ネクラ、キモい、だって俺その通りなんだもんな」暴力とも子に聞く

2021.4.16

「バ美肉」の衝撃

──VRはどのあたりから題材として興味を持っていましたか?

暴力 構想は2018年の前半です。その前年にVTuberやバ美肉という言葉が生まれていました。

──まだ、にじさんじとかがなかった時期ですね。

暴力 最初期の「バーチャルYouTuber四天王」がちょっと話題になっていたころだったかな。特にねこますさん(※元・バーチャルのじゃロリ狐娘YouTuberおじさん)が「バ美肉(※バーチャルな美少女の身体で活動すること)」っていう概念を体現して、衝撃を受けまして。MMORPGでも昔から「ネカマ」とかはあるにはあったじゃないですか。ねこますさんは、ここにVRという一段身体感覚度合いの高いデバイスを追加すると、感覚に自分の気持ちが左右されてしまう、かわいいって言われるとかわいくなりたい欲求も上がってくるし、かわいらしい動きを研究していると自分の中の女子の理想像と自分が同一化していく、というようなことをおっしゃっていて。

──「kawaiiムーブ(※3Dアバターでのかわいらしさを表現する技術)」ですね。実際にそういうかわいく動いている方たちはご覧になりましたか?

暴力 VRChatで楽しんでらっしゃる方たちが上げている動画とかいっぱいあるのを観ています。自分が観た感覚としても、かわいい女の子がそこにいるんですよ。

──暴力さんも「こうめ(※3頭身ケモミミ幼女型の人気アバター)」とかを話題にされていましたね。

暴力 こうめちゃんの素体って今まで自分が見てきたアバターのプロポーションに比べると、かなり二次元度が高いんですよ。幼女のプロポーションではあるんだけど手足が自由に動くようチューニングされていて、小学校高学年くらいの女子の感覚と幼女の感覚がきれいに重なっている。現実ではいないプロポーションのキャラクターがかわいらしく動く動画を上げている方は「かわいい動きの研究に余念がない」とおっしゃっていて、がんばってこの状態を作ったというのは冗談交じりとはいえ本当にそうなんだろうなと。『Beat Saber』でアクティブにダンスをしても全然破綻がないレベルにできるのか!というのが衝撃でしたね。中の人はおそらく男性であるというのも。

──同じように40歳男性主人公のナオキは、幼い女の子のアバターじゃないとだめだったんですか?

暴力 男性が女性のアバターを使うことは、日本においては比較的普通のこととして受け入れられていると思います。MMORPGからそうで、架空の世界でChatするなりゲームするなりしても「なんで男の姿で入らないといけないんだ、かわいい女の子の姿見られるんだったらそっちのほうがいいよ」って意見は一般論としてありますよね。ナオキに大きな自己形成をするイメージがそんなになかったとしても、幼い女の子のアバターを選んだんじゃないかと思います。

──ああー、ナオキにしてみたら「絶対これじゃないといけない」でもないんですね。

暴力 わりとそうです。本人は設定上本当の意味でのロリコン・ペドフィリアではないです。ものすごくカジュアルに、どちらかというとゲームならかわいい女の子のほうが好きだな、という基本の思考がある。実は中学時代にいじめがあった、というのは裏にはあるけれども……という乗せ方です。

ナオキいわく「痴女」。露出過多なアバターは珍しくはない
(C)暴力とも子/一迅社 2021

──一方ナオキの初恋相手、おじいちゃんとも言える年齢のホナミの女性アバターは異常な露出度でびっくりしました。

暴力 でもVRプラットホーム内ではもっとすごい露出ビジュアルの方たくさんいるじゃないですか。むしろだいぶ抑えた感じですね。

──ホナミは少女ではだめだったんですか?

暴力 ホナミはゲームとかPCChat文化には自分から触れてきてなかった人なんですけど、なんとなくオタクカルチャーには下着めいたアバターが普通にあるというのは知識としては知っています。VRの中で遊ぶときに、ホナミ自身の、女性の成熟したバイタリティをアバターとして装着したいという願望がそのとき発生していた感じですね。生命力信仰と露出が結びついている。あとホナミ自身は自分がここまでの人生で恋愛を通じて女性から色んなものを受け取ってきた人なので、女性に対する価値観のデフォルトが成熟した女性なんですよ。

──あっ、「少女」は「女性」という感覚で見てなかったんですね。

暴力 そうです。オタクカルチャーには愛好家がいるのは知っていて偏見もないんですけど、いざ自分がいくつかのプリセットの中から選ぶとしたら「女性とはこういうもの」という感覚に近いものを選ぶだろうなと。

──じゃあ巨乳じゃなきゃだめなわけだ……。

暴力 ものすごい美人と付き合っていることもたぶんあるんでしょうね。付き合っていた女性たち、それぞれに抱いていた思い出の集合体がホナミのアバターなんだと思います。

意見が分かれているのが興味深い

作中で描かれるVRワールドは、実際にあるものをかなり研究して作られている
(C)暴力とも子/一迅社 2021

──バーチャルマーケット(※VRChatで行われている世界最大規模の3Dモデル展示即売会。実際に空間の中に入って、アバターを立体的に見たり試着したりできる。多くの企業が協賛しているのも特徴)的な描写もおもしろかったです。会場はご覧になりましたか?

暴力 見ました。デジタルデータで売るならWEBページのカタログでもいいはずのところを、VR内でしっかり見本市としてディスプレイして、試着もできる。実利の世界じゃないんだなと思って。遊び心を大切にしてその中ではしゃぐことがおもしろい、という思想を感じました。

──『VRおじさんの初恋』はVRChat利用者の方々からの反応がすごい作品でしたね。感想で印象的なものはありましたか?

暴力 VR界隈の人たちの中でも意見が分かれているのがとても興味深かったですね。しっかり作品を見ていただいているからなのでありがたいと思いつつ「これはVR内でも起こり得る」「今まさにそういうことがあった」という感銘を受けている方もいれば、「これはVRChatのリアルではないよね」っていう意見もあったんです。

──ああー、知り尽くしているがゆえのツッコミ。

暴力 システムもお砂糖文化(※VR空間内での恋愛やイチャイチャを指す単語)も、こんなにきれいな話はちょっと違うよねっておっしゃってたり。VRChat的なものにどのくらい読んでいる方がどのくらい触れているかで感想の温度感が変わってくるっていうのはすごくおもしろい。批評に値する作品だと思われているのはありがたいですね。

──VRを知らない人から見たら未来の話にも感じるでしょうね。

暴力 そういうのもありましたね。いろんな広まり方をした作品になりました。ポジティブに受け取ってくださったのは、まずはBLが好きな人たち。次に女性向けの恋愛ものを楽しむ層。さらに実際に性自認で悩んでいる方々。この3つの方たちは希望の物語、来るかもしれない未来の物語として受け取ってくださったように思います。

──VR世界のアバター同士で、幸福な恋愛ができる未来はあり得ると思いますか?

暴力 未来はあるけど、同時に困難も発生するだろうと思います。カジュアルに自分の性にとらわれずコミュニケーションを取れる可能性がある一方で、自分とはそもそも何者なのかというマインドが常に不安定というデメリットも発生すると思うんです。

負い目を背負ったロスジェネ世代

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