KEN THE 390「忙しくても公園で寝ても、ラップに救われた」留年と就職を経て辿り着いたヒップホップ愛

2021.3.24
KEN THE 390

文=本多カツヒロ 撮影=時永大吾
編集=田島太陽


『フリースタイルティーチャー』などのテレビ出演、ヒプノシスマイクの舞台での音楽監督、他アーティストへの楽曲提供など、多岐にわたり獅子奮迅の活躍を見せている人気ラッパー、KEN THE 390。

会社員として働きながら音楽活動をしていた時代を経て、デビュー15年を迎えた。その間にリリースしたアルバムは、最新作の『en route』(アン・ルート)で11枚目。休むことなく走りつづける原動力はどこにあるのだろうか?

そして「多様性を許容する音楽」だったはずのヒップホップがさらに愛されるために必要な、「変化とアップデート」とは?


会社員をしながら、深夜に歌詞を書き溜めた

──デビューから15年、順風満帆に第一線で活躍しつづけているとばかり思っていたのですが、大学卒業後は、会社員とラッパーという二足のわらじだったんですね。

早稲田大学時代は、RHYMESTERなどが所属していたソウルミュージック同好会の「ギャラクシー」というサークルに入ってました。当時、メジャーシーンではKICK THE CAN CREWやRIPSLYMEなどが活躍していた時期です。

僕もラッパーとして、サークル仲間と活動はしていたんですけど、どうしたらCDデビューできるはまったくわからなくて。もちろん、音楽活動でお金を稼いだこともなかったです。RHYMESTERにしても10歳以上先輩なので、学生時代は話す機会すらなかったですしね。 

だから、ラップで食べていくという発想自体がなかったんですよ。大学3年のときに、同級生たちと同じように就職活動をして、リクルートから内定をもらいました。でもラップは好きだったから、就職しても音楽活動を辞めようとは思いませんでした。

──会社の人たちは、ラッパーとして活動していることは知っていたんですか?

同期には内定をもらったときから言ってたし、上司も知ってました。

だから、歓送迎会などの飲み会があると、みんなの前でラップをやらされたりするんですよ(笑)。フリースタイルで上司をイジったりしてましたね。今考えればラッパーがそんなことするのはかっこ悪いですけど、仕事を早く上がらせてもらうこともあるから断ることはなかったです。

──会社員として働きながら、ライブやMCバトルにどうやって出演していたんですか?

平日は、夜の9~10時くらいまで働いて、家に戻って深夜の2時ごろまで歌詞を書く生活でした。週末は、ライブが月に2~3回ある感じですね。でもクラブイベントなので、週末は土日ではなく金土なんですよ。

金曜の深夜に大阪でのイベントがあるときは、上司に相談して、終電の新幹線に間に合うように同僚より早く上がらせてもらってました。

毎夜コツコツと書き溜めた歌詞をもとに、社会人1年目が終わるころに初のソロアルバム『プロローグ』という作品を、ラッパーのダースレイダーさんが主宰していたダメレコ(Da.ME.Records)から出すことができたんです。

5枚売れたらカプセルホテルに泊まれる

──ダメレコからCDを出すようになった経緯とは?

大学3年の就職活動でリクルートから内定をもらったんですが、ちょうどその頃に、同じサークルにいたラッパーの志人が『B-BOY PARK2002』のMCバトルでベスト4に入りました。すると、当時の僕らにとっては超革命が起きるんです。

それまで仲間たちとクラブでイベントを開き、ライブをするのが主な活動だったんですけど、基本的にはメンバー各自にチケットのノルマがありました。つまり、お客さんはメンバーの知り合いで、仲間内のイベントに過ぎなかった。それが志人の活躍で、彼のライブを観たいという、誰の知り合いでもないお客さんがお金を払って来てくれるようになったんです。

志人のようにMCバトルで活躍すれば、ラップでお金を稼げるじゃんとみんな色めき立って、目の色を変えてバトルの練習をするようになりました。大会にも出場するようになり、そのときにダメレコの人たちと知り合いました。

ちょうどそのころ、自宅でレコーディングができる宅録の機材が出はじめた時期で、ダースレイダーさんがその機材を持ってたんですよね。「ダースレイダーさんの家に行けばCDが作れるらしい」ということで自主盤のCDを作り始めて、それを自主盤だけを扱うショップに置いてもらいました。CDを聞いてくれたイベントのオーガナイザーからオファーをいただいて、初めてライブでお金をもらえたのもこの時期。3人で5000円くらいでしたけど。

当時は大阪のイベントに呼んでもらっても、ギャラも交通費もまったくもらえないから、朝から各駅列車で東京から大阪まで行ってました。イベント会場でCDを売って、交通費や宿泊費に当てるんです。5枚売れたらカプセルホテルに泊まれて、10枚売れればお好み焼きが食べられるくらいの感じでした。

満たされた状態を知らないから、それはそれで楽しかったですね。でもラッパーで食べていけるとは思えなくて、1年留年したりしつつも、卒業後はリクルートに入社しました。

公園のベンチで睡眠を確保、それでも「ラップに救われた」

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本多カツヒロ

(ほんだ・かつひろ)1977年神奈川県横浜市生まれ、東京都育ち。2009年よりフリーランスライターとして活動。健康・医療からエンタメまで幅広く執筆。

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