もうひとつの『レ・ミゼラブル』に国家から解放される未来を見た(粉川哲夫)

2020.3.4

“国家”という中央集権的な権力をさりげない日常描写で示唆

しかし、この映画は、警官の暴力や腐敗を告発する作品ではない。クリス(アレクシス・マネンティ)、グワダ(ジェブリル・ゾンガ)、新入りのステファン(ダミアン・ボナール)は、パリから17キロほど離れた郊外都市モンフェルメイユの93分署の「犯罪防止班」の警官だが、その活動は、大都市とくらべれば「のんびり」したものである。

だから、この映画を、よく挙げられるような『トレーニング デイ』(2001年)などと重ね合わせるのは間違いである。確かに、警官の「過剰防衛」で街の少年イッサ(イッサ・ペリカ)を負傷させたことをクリスが揉み消そうとするくだりはロスの麻薬取締刑事アロンゾ(デンゼル・ワシントン)とジェイク(イーサン・ホーク)のやったことに通じるところもある。しかし、アロンゾの「悪徳」と「悪行」は確信犯的であり、それをデンゼル・ワシントンが不気味な迫力で演じるところが見せ場なのだ。アメリカ映画の「悪徳警官」はこんなレベルではない。

『レ・ミゼラブル』予告編

この映画の重点は単なる警察批判ではない。ステファンとの対比では「悪徳警官」でも、クリスが、パトロール前に警察署で読んでいる本を見ると、フツーの人であることがわかる。それは、日本でも女性の間で人気のあるペネロープ・バジューが装丁したマキシム・ヴァレットのシリーズ本『Vie de Merde』の第2巻で、猥褻な本ではない。家庭に戻れば、ごく「当たり前」の夫であり、子どもの父親だ。

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左からグワダ、クリス、ステファン。「犯罪防止班」の警官3人組
(c)SRAB FILMS LYLY FILMS RECTANGLE PRODUCTIONS

しかし、彼らがパトロールする街には親がいなかったり、ろくなものも食えない子どもたちがおり、警官の家では「当たり前」の家庭生活があるという点こそが問題なのだ。警察署は小さいが、その署長(ジャンヌ・バリバール)の気のない定式を繰り返しているだけのもの言いと態度に隠された非人間性と官僚制。その究極には、国家がある。こういうことをさりげない日常描写で示唆するところがこの映画の鋭さだ。

問題は、国家という中心から周辺に延びる中央集権的な権力の端末を担うか、それともそこに距離を置くか、そして、どうしたらこの中央集権的構造を変えられるかである。中央集権的な国家というものがもはや現実に見合わなくなっている。そのために犠牲を被っているのが「国民」の一人ひとりである。

ユーゴーの『レ・ミゼラブル』が160年前に示していたこと

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